父のこと

今日は亡き父の90回目の誕生日。

昨日、今年初めてキンモクセイの薫りに気づきましたけど、この木は初孫の誕生を祝って植えたもの。

そういえば甥っ子と父は生まれ月が一緒だったんだな・・・などと、改めて思ったりします。

 

昭和一桁生まれの父は、絵にかいたようなザ・昭和のおやじ(笑)

スパルタ式で良く叩かれたし、家から閉め出しを食ったことも何度もありました。

「ダメなものはダメ!」って、よく言われたなぁ。。。

寡黙というほどではなかったけれど、口数はやはり多くはなく、だからとても怖い存在でもありました。

 

仕事は本当に好きだったようで、元々公務員(研究職)だったのですが、後輩でもある友だちが新しく会社を興すことになり、「ぜひ天野さんにも来てほしい」と言われ、定年まで待たずに公務員を辞め、新しい会社に移りました。

定年まで勤めれば楽だっただろうにと思いますけれど、きっとお友だちのためというだけでなく、仕事内容の面でもチャレンジしたかったのではないかと思います。

そのあたりの事情は詳しく聞かなかったけど。。。

新しい会社は片道3時間近くかかる場所にあったので、朝早くに家を出て夜遅く帰ってきて、それでも愚痴ひとつ言うことなく、休日も机に向かって黙々と家で仕事をしていた後ろ姿を思い出します。

 

だからと言って仕事一辺倒だったかというと、そういうわけでもなく(といっても遊びとは無縁の人でしたが)、日曜大工が趣味で、簡単な家の修理をしたり、棚や孫の椅子を作ったりしていたものでした。

また、若い時から水泳(日本泳法)をやっていて、長年逗子海岸で子どもたちに泳ぎを教えていて、その団体のまとめ役もやったりしていました。

それもやはりスパルタで有名でしたが(笑)、水泳を通して地域の子どもたちにたくましく育ってほしい、決してあきらめないことを伝えたかったのかなと思います。

 

こうして振り返ってみると、父親は信念の人だったのだなと思います。

決してすすんで自分のことを語ることはありませんでしたし、そのために誤解されるようなこともずいぶんあったようですけれど、自分が信じることを動かすことは決してありませんでした。

子どもにして見れば、そんな不器用に生きる父親の姿を何となく疎ましく感じたり、もっと楽しく接してくれると良いのに、などと思ったりしていましたし、

「ああいう風にはなりたくない」と、わざと反対の方向へ進もうとしたりと、心の中では反発してばかりでした。

でもこの年になって思い返すと、そういう父の生き方がどれほど素敵なものだったのか、目に見えない大切なことをどれほど教えてもらっていたのか、ようやく気づけるようになりました。

父は生涯を通して、自分を諦めず信じ続けること、信念を持ち続けることの意味を教えてくれていたような気がします。

 

23年前に父を亡くした時は、癌だったので覚悟をしていたこともあり、それほど悲しいとか辛いという感情は起こらず、「仕方ない」と、ある意味冷静に受け止めていたような気がします。

ところが20年以上経った今になって、もっと父と一緒にいたかった、もっとたくさん話したかった、もっと父のことを知りたかったと思うようになりました。

わたしは父のことを全然知らなかったな・・・と。

なので最近の方がよく父と話すようになりました(笑)

父と向き合う今のわたしは、子どもらしくいられなかった半世紀近く前の子どもの頃のわたしより、ずっと子どもっぽいな~と感じます(笑)

いつも守っていてね、応援していてね。

そんな素直な言葉が口をつくようになりました。

こんな年になっても、いつまでも親は親、なんですね。

ありがたくて涙が出ます涙

 

わたしの中では葛藤が多かった親との関係ですけれど、こんな風にただただ感謝だけで振り返ることができる日が来るなんて、長いこと思ってもいませんでした。

自分自身とちゃんと向き合って、自分の視点をちょっとだけ変えて視野を広く持つことができれば、自ずと過去の記憶の意味合いも変わってくる。

ありがたいことですね。

 

父がずっと示し続けてくれた信念を持って生きる姿は、これからのわたしを支えてくれる礎です。

父のもとに生まれてきたことへ感謝するばかりの一日でした。

 

 

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明日24日の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
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