本当は奇跡でなんでもない

開業したころから続けている高齢者施設でのボランティアの施術。

最近は密かに、ちょっと状態の悪い方をメインやらせていただいています。

こちらの施設にはわたし以外にもマッサージの先生がいらしていることは知っているので、普通のマッサージを受けていただける状態と思われる方は、そちらを楽しんでいただくこともできますけれど、

例えば麻痺や拘縮があって思うように体を動かすことができないような方は、おそらく普通のマッサージは受けられないと思うんです。

それに、おそらく一般的には、麻痺や拘縮があるような方の回復を積極的に目指して施術することはないのではないか?と思うんですよね。

でも整膚やリラクセンスなら、機能が完全に衰えていない限りは何らかの改善を見込めるはず。

体への負担がほとんどない施術だからこそ、できることがあるはず。

そんな思いもあって、体がほとんど動かないような方の施術を優先させていただいているわけです。

 

 

そんな方々への施術の様子を傍から見えていたら、もしかしたら何もやっていないように見えることもあるかもしれません。

傍目ではほとんど動いていないように見えても、実は皮膚はしっかりと動いています。

そして、その皮膚のわずかな動きの下に、体の「生きたい!動きたい!」という意思を確かに感じる瞬間が何度もあります。

時にスゥ~っと動いたかと思うと、ビクッと止まったり、急に背中が伸びたり。。。

そんなふうに体が反応しているとき、受けてくださっている方も体からの意思・反応を感じているのでしょう、いつもとは明らかに違う表情をされます。

どこかをしっかりと見据えるようなしっかりとした目付きで、その眼差しから何かをしっかりと感じていらっしゃることが伝わってきます。

すっかり諦めていた自分の体に、生きる力が存在していることに驚いていらっしゃるのか。

それとも、ご自身では最初から分かっていた、体の「動く!」という意思を確認していらっしゃるのか。

どちらなのかは分かりませんけれど、少なくともその瞬間には確かに存在しているご自身の力強い生命力を実感されていたことだけは確かでした。

 

そうやって施術をさせていただいた中のおひとりに施術後、「ずいぶん動きましたね。」とお声をかけると、目を細めて応えてくださいました。

「大丈夫、体はちゃんと覚えていますからね。次はもっと動きますよ」とお声をかけると、「うん、うん」と、しっかりとした目で頷いてくださいました。

 

 

体の機能のどこか少しでも残っているなら、ほんの少し手を添えてあげるだけで体は必ず生きる力を発揮して改善へと向かいます。

それを「奇跡」と呼ぶ人もいるかもしれませんけれど、本当は奇跡でもなんでもなくて、当たり前のことなはず。

それを当たり前と思えないのは、ただわたしたちが、本来だれの体にも備わっている「生きようとする力」を信じ切れていないからに過ぎない。

ここで施術させていただくと、いつもそう思います。