別れの辛さはきずなの深さ

今日、お客さまの訃報が届きました。

去年の夏にいらしてくださったときには既にご病気で、それでも「絶対に回復する!」と、ご自分でできるケアをと考えて、整膚を見つけ、施術とセルフケアのレッスンを受けてくださいました。

それからは、ときどきお手紙を書かせていただいていましたが、病状は上り下りがあったようでした。

それでも時折りくださるメールからは、ひたすら前向きに生きていらっしゃるご様子が伝わってきていました。

 

この1カ月くらいの間、何故かその方のことがとても気になっていて、少し前にお手紙を書いたのですけれど、おそらく亡くなられたすぐ後くらいのタイミングだったのだな、ということが分かりました。

 

 

この仕事を始めた1年目で、やはり同じような状態で整膚を求めてきてくださった方がいらっしゃいました。

その方はそれから1年も経たないうちに旅立たれたのですが、その時に漠然と、最期のひとときを楽に過ごしていただくためにできることとは?という命題を与えられたとような感覚がありました。

それからも何人かの方をお見送りしてきて、その度に思うのは、「わたしは一体何が出来たのだろう?」「もっと何かできたのではないだろうか?」ということばかり。

そしてその度に気づくのです。

結局何も出来はしないのだと。

だからせめて、ここにいらしていただくときだけでも、楽になっていただきたい。

それしかできることはないんですよね。

 

 

こんなふうに書いていると、辛いばかりのように思われてしまいそうですけれど、そうじゃないんです。

確かに別れは辛く悲しいことだけど、普通であれば出会うことのなかった方と出会わせていただけたこと、

一瞬と言っても良いような短い時間ではあったかもしれないけれど、わたしの中では確かにその方は一生懸命生きていて、自分の命と正面から向き合っていらっしゃったその凛とした姿は、何年も経った今でもはっきりと覚えていて、

最期のほんの短いひと時、素晴らしい生きざまを見せてくださったことが、ありがたくて、ありがたくて、わたしの中で明るく光り輝いています。

 

 

その人の存在が大切であればあるほど、別れは辛く悲しいものですね。

でも、別れの辛さの深さや大きさは、その人とのきずながそれだけ深かった、その人への愛がそれだけ深かったということ。

辛い別れが多ければ多いほど、豊かな人生だということですよね。

だから、どんなに辛い別れでも感謝とともに受け容れることができるようになりました。

「ありがとう。もう少ししたらわたしも行くから、それまで待っててね」

素直にそう言えるようになりました。

もちろん寂しいし悲しいことではありますけれど、それも時が癒してくれるはず。

それもまた、ありがたいことですね。

 

 

わたしができることは本当にわずかだけど、そのわずかなことを精一杯やっていこうと思います。

そして、これからもっともっとあるであろう辛い別れも、感謝して受け容れていこうと思います。

 

 

最後に、

Yさま、わたしと出会ってくださってありがとうございました。

ご冥福を心よりお祈りいたします。