幸せの器を決めるもの

わたしたちが当たり前に過ごしている日常。

けれど当たり前ということはこの世にはなく、当たり前に見えることも、実は数々の奇跡的な素晴らしい出来事が重なって保たれていただけなのだと思い知らされる出来事に出合うことがあります。

そんなとき、毎日恙無く普通に暮らせることがどれほどありがたいことなのかを思い知り、この気持ちを決して忘れるまい!と心に決めますね。

 

でも、わたしたち人間は、その大変な時期が過ぎて一年、二年、数年と経つうちに、たいていの人は再び訪れた゛当たり前゛の日常の中で、その時の気持ちを忘れてしまいがちになってしまいます。

当たり前の日常がとてつもなく感謝なことだということを、忘れてしまいます。

 

 

日々感謝の気持ちで暮らすということは、特別な何かに感謝することではなく、

喉を潤すほんの一滴の水があること、

今朝も目が覚めたこと、

家族と口げんかしながらも、元気に暮らせること、

笑えること、

怒れること、

泣けること、

そんな全てのことにありがたいと思えることなのでしょう。

 

 

どれほど小さなことに感謝できるのか、そしてそれをどれほど日常的に心に留めていられるか、

それが幸せの器の深さや大きさを決めるのでしょうね。