限りがあるからこそ美しい

今日の施術中、突然、受けてくださっている方の人生の道のり、タイムラインのようなもののイメージが浮かんできました。

開業当初から施術をさせていただいていて、もう8年くらいのお付き合いの体。

長年の無理がたたって、体の奥深くに複雑な緊張があったお体ですが、最近になって、いよいよ最深部に残っていた緊張を手放しつつあります。

ご自分のペースでしっかりとご自身の体と向き合ってきたこの年月に歩んで来られた道のりが、はっきりと目の前に現れたような気がしました。

 

 

毎日の生活の中で、時にはちょっと疲れて歩みが遅くなったこともあるでしょう。

トントンと、全てが調子よく進んだこともあったでしょう。

登ったり下ったり、時にはちょっと引き返したり、寄り道したり、

晴れた日曇った日、雨降りの日も、変わらずにご自分と向き合ってこられた長い道のり。

もちろんわたしはその間ずっとそばにいたわけではなく、道のりの途中途中で、一瞬関わっては離れ、また関わっては離れ、お互いに影響し合い、

もちろん人によって、それが週に一度だったり、月に一度だったり、数か月に一度だったり、たった一度だけであったりと違いはありますけれど、

そうやって瞬間、瞬間をご一緒させていただいてきたことが、とても貴重なことだったのだということが実感されました。

 

 

そしてこんなイメージを感慨深く眺めていて気づいたのは、

これまでも、「今この瞬間を大切に」と思って施術をし、毎日を過ごしてきたつもりだったけれど、本当にその都度その瞬間だけにしっかりと向き合っていたのだろうか?ということ。

ときには「今ここ」と思った次の瞬間に、それより先のことを考えているわたしがいたこともありました。

今施術をしていながら、次回はこうアプローチしようか・・・などと考えていたこともありました。

 

本当は、次があるかどうかなんて誰にも分らない。

1時間後のことだって、どうなるか分からない。

ハッキリしていることは「今ここ、この瞬間」しかない。

「また次」があると当たり前のように思っているけれど、その当たり前がなくなる時が必ず来るし、それがいつなのかは分からない。

だから今ここで、この瞬間に全力を出す。

それが、自分に正直に生きることに他ならず、またその瞬間を輝かせることになるのだ。

 

頭では理解していたこんな当たり前のことが、体の中に一段深く入ったような気がしました。

 

 

 

あんこが旅立ってから荼毘にふすまでの2日間、あんこの静かな顔を見ていて思ったことがありました。

「こんなにきれいなのに、なんでずっとこのまま置いておくことができないんだろう?」

完全な幸せに満ちた美しい顔を見ていて、それを焼かなければいけないことが、どこか間違っているような、理不尽なことのように思えたんです。

 

そして次の瞬間、理解したこと。

「永遠に続かないと分かっているから、こんなにも美しいと感じ、こんなにも愛おしく切ないのだ」

限りあるから、お別れしなければいけないと分かっているから、この刹那をこの上なく美しいと感じるのですね。

 

 

 

限りある時間の中で、生をしっかりと味わい感じることができるのは、今ここ、この瞬間しかない。

限りある命だから、出会っている今この瞬間、できる限りの愛を注いで精一杯関わりたいと願う。

別れがあるからこそ今を大切にできるのだということを、いつも忘れずに過ごしたいと思います。