整膚とリラクセンス・ボディセラピーを通して、体の手当て+心にも手当て

contact
access

ブログ

幸せ力は意志力

2017/10/18

今日は何日ぶりかの晴天でしたね晴れ

雨続きだったので、晴れている、それだけで幸せな気分になりますよね!

でも本当は、曇りでも雨でも同じ自分。

だったら幸せなことには違いないはずなんですけれど。。。

わたしたちの気分は、さように簡単に浮きもすれば沈みもするということですね汗

 

 

人間の脳ミソは素晴らしい機能が備わっていますけれど、反対にとても単純な部分もあったりします。

そしてとても怠けモノです。

放っておくと、良くないことや不安にフォーカスするようにできています。

だから、いつも、どんな時でも楽しく幸せな気分でいるためには、実は意志の力が必要になります。

 

 

楽しい時に幸せと感じるのは、とても簡単。

でも問題が起こっているときや、状況が不安定な時こそ、自分の本当の幸せ力が試されます。

マイナスに見える状況の中でも幸せな気分でいられること、いつどんな場面でも自分の軸を崩さずに幸せを感じていられることこそが、きっと本当の幸せなのでしょう。

そのためには、「いつでも幸せでいるんだ!」と自分で決め、「何モノにもジャマはさせない!」という強い気持ちが、とっても大切なんだなと実感します。

 

 

幸せはなるものではなく、感じるもの

 

これまでがどんな人生だったとしても、今がどんな状態だとしても、自分の心に正直に、自分の思い描く幸せを「今」感じて良いんです。

でもわたしには、この、「幸せと感じる」ということが、とても難しいとずっと感じていました。

今のこの不満足な状況では、どうやってもしあわせとは感じられない!

そう思い続けていました。

でもそれは、長~い時間を割いて信じてきたことを手放すことへの恐れだということが、今なら分かります。

たとえどんなに嫌だと思う状況でも、長い間そこにいたのですから、自分にとっては「居心地のよい場所」になっていたんですね。

そこから離れた方が良いことは分かっていても、その居心地の良さを手放して、全く違う考え方を受け容れることはとても怖く、抵抗があったんです。

たとえそれが、本当は自分の求めている方向だと分かっていても。

だからそこから離れる(放れる)までに、とても長い時間がかかりました。

 

 

そして、そこから離れつつある今、分かったことがありました。

居心地が良いと思っていたことも全て、長い時間の中で作り上げられた勘違い、「思いグセ」にすぎなかったんですね。

クセというのは無意識にやっていることですから、自分ではなかなか気づけません。

けれどクセと分かって、無意識から一旦意識に上げてしまえば、修正することはそれほど難しいことではありません。

ただ単に自分の本当に望むことを脳ミソに言い聞かせるというトレーニングが必要なだけです。

「あなたが本当に必要とし望んでいる幸せはこれなんだよ」と。

トレーニングですから、ちょっとした意志の力は必要になるわけです(笑)

 

 

そしてそのトレーニングの一環として、作り笑顔でも良いので、口角をキュッと上げて笑って過ごしましょう。

そして、自分や相手が良い気分になる言葉を使いましょう。

たとえ作り笑顔でも単純な脳ミソくんはすっかりだまされて、勝手に「楽しい!幸せ!」なことを探し出して導いてくれます。

そして良い言葉の持つ波動は、間違いなく自分の体や心、そして取り巻く状況を良い方向へと導いてくれます。

 

 

自分が望む人生は、自分しか生きられません。

どんなに他の人が「あなたの人生、素敵!」と思っても、その人があなたの人生を生きることはできないのです。

あなたの人生は、どこをどう探してもたった一つ。

たった一つだけの人生なんだから、せいいっぱい楽しく生きなきゃもったいないですよね。

わたしもわたしだけの人生を、しっかりと幸せに歩み続けます。

縁あってわたしと関わってくださったたくさんの人たちと一緒に。

 

 

 

自分と調和して生きる

2017/10/14

 

先日、体調が悪いと整膚を受けてくださった方がいらっしゃいました。

この仕事を始めた当初からのお付き合いです。

ここしばらくはセルフケアでメンテナンス、調子の悪い時だけ施術を受けていただくというスタイルに。

今回の施術も、そんな普段と同じような感覚でセッションを開始したのですけれど、、、

 

 

セッションを進めていくうちに、遠い昔に押し込めて蓋をして、無いことにしていた記憶があふれ出てきました。

これまでにも、施術を通して過去の記憶を思い出したり、ある時点で自分自身を諦めてしまったことに気づかれて、生き方を変えたりした方はいらっしゃいました。

この方も、これまでにも何度かそのサインは出ていたようですけれど、その都度うまくごまかして、何とかやり過ごしてこられたようです。

でも今回ばかりはやり過ごすことができなくなってしまったようなんです。

自分をごまかし続けることに限界がきたということですね。

ご本人も、諦めるしかないと、覚悟を決めて向き合われました。

 

 

体には心の葛藤や不安など、マイナスの感情が残ります。

子どもの頃に、自分を認められなかったり、大きなショックを受けるような出来事があったりすると、、、

子どもだからどう対処したらいいのか分からない、

でも、そのままでは苦しすぎる。

そこで、その時に自分でできる手っ取り早い方法で、何とか切り抜けるんですね。

 

例えば心がとても苦しかったら、感情を無いことにしてしまう。

例えば痛みが我慢できないくらい大きいものだったら、体の存在を無いことにしてしまう。

 

そうやって、その時にはベストと思われる対処法でうまく切り抜けられる体験をすると、それがマイナスの成功体験となって、その後も同じような状況で何度も繰り返すことになってしまいます。

そうやって、自分の体や感情を無視することが当たり前になって、無視していることにすら気づかなくなってしまうんですね。

 

 

それでも、やっぱりそれは本当の自分ではないので、どこかに無理が出てきます。

痛みや不調は、「もう限界、ちゃんと向き合って!」という体からのサイン。

そこに向き合うことを先延ばしすればするほど、回復する時にちょっとキツくなってしまうかもしれません。

逆に言えば、早く向き合ってあげればそれだけ、心も体も早く楽になります。

 

 

自分自身と調和して生きること。

それが本当の幸せということなのですね。

 

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

明日、15日の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 

2017/10/9

 

 

家の前の小路で、
シュウメイギクが花を咲かせています。

華やかさはないけれど、とっても好きな花です。

秋ですね~秋

 

 

先日、久しぶりに高齢者施設へ
施術のボランティアに行ってきました。

感染症対策により来館者を制限していたので、
1カ月半?2カ月?ぶりの訪問でした。

 

時には施設側から「この方をお願いします」と
施術が必要な方を指定されることもありますが、
基本的には「どなたでも」という姿勢なので、
たいていはわたしの方でランダムに選んでいます。

できるだけ皆さんに受けていただけるように
前回施術していない方の中から
選ぶようにしていますけれど、

それでもやはり、
麻痺があって動かせない部分があるとか、
腕が拘縮しているなどの重い症状がある方を
優先的に選んでしまいます。

少しでも体の自由を取り戻して
喜んでいただきたいから。

 

そういった症状の方のほとんどは、
おしゃべりもままならない、
意思を伝えることが困難なことが多いです。

でもね、繊細に、繊細に皮膚を動かして、
わたしが皮膚の下にある体の意思を
ほんの少しでも感じられたな、と感じる時に
ふとお顔を見ると、
目をじっと見開いて、言葉にならない想いを
伝えてくださっていることを感じます。

大きな表情はないんです。

でも、目の奥に何か訴えるものを
ものすごく感じるんですね。

「動いていますね、嬉しいですね」と声をかけると、
首が振れることもないのですけれど、
明らかに「うん、うん」と伝えてくれるんです。

この瞬間の「分かり合えている」という感覚は、
言葉では表現できない、
何とも深い歓びをもたらしてくれます。

生きる、という言葉をかみしめます。

 

 

歩いたり、食事をしたり、仕事をしたり、眠ったり、
友だちとおしゃべりしたり、
怒ったり、泣いたり、笑ったり、

そんな何気ない小さな日常を送ることが
きっと生きるということなのですね。

 

 

 

相手を楽にする寄り添いって?

2017/10/6

 

昨日は久しぶりに、
リラクセンスの練習会に行ってきました。

普段はなかなか施術を受けることはないけれど、
受ける側の感覚を忘れないことは本当に大事。

朝からゆるむ気満々で(笑)出かけていきました。

 

 

このブログでも何度もお伝えしていますが、
リラクセンスが他の施術を大きく違う点が
三つあります。

 

①強い力を使わなくてもゆるめることができる

②施術を行う側も受ける側もともにゆるむことができる

③答えを相手の体に求めることができる

 

この三つのポイントは深く関係しあっています。

答えを相手の体に尋ねる(③)ためには、
最小限の力で触れ(①)なければいけません。

力が強すぎると、触れた結果起こった反応が
自分の力によるものなのか、
相手の体からの反応なのかが分からないから。

そして強い力を使わない(①)から、
施術している側もゆるもことができる(②)んです。

 

この、施術する側もゆるむということは、
相手にゆるんでもらうためには、
実はとても大切な要素なんですね。

人と人は、お互いに影響し合っています。

よく、怒っている人の近くにいると、
心がざわついたり、落ち着かなくなりませんか?

緊張した人のそばにいると、
こちらまで緊張してきませんか?

施術を行うセラピスト自身の体が緊張していると、
受ける側もゆるむことはできません。

相手を良くするために自分の体を壊してしまうのは、
本当はあまりよくないことなんですね。

 

施術する側(セラピスト)と受ける側(クライアント)
双方がゆるんで楽になるセッション、
それがリラクセンス・ボディセラピーです。

 

 

そんなリラクセンスにも他の施術と同じように
理論と技術がありますが、
その二つを支える大切な概念が存在します。

 

在り方

反応

循環

 

施術する側がどのような在り方でいるのか、
それによって、
相手の体に触れるときの触れ方が決まります。

そしてその触れ方に応じて
相手の体から反応が返ってきます。

さらに、その反応に寄り添うことで、
施術する側と受ける側に循環が生まれます。

そうやって循環したものが、
再び施術する側の在り方をつくり上げます。

 

このような概念をしっかりと身につけていないと、
同じ技術と理論を駆使してセッションを行なっても、
形が同じだけで全くの別物になってしまうんです。

 

昨日の練習会では、お互いにセッションし合うことで、
その概念を体でたっぷりと再確認しました。

 

 

本当の意味の寄り添いは
「してあげよう」という意図から生まれるのではなく、
ただただ相手の様子を感じとり、
その反応を見るだけ、感じるだけなのだということが
リラクセンスを行っていると、とてもよく分かります。

なぜなら体の反応として表れるから。

近寄り過ぎて暑苦しく感じさせてしまう、
「もっとしてほしい」時に手を引きすぎてしまう、

これは相手の体の反応を感じるよりも
自分の想いが優先してしまっている証拠。

しっかりと相手の望みを感じ、寄り添うには、
実はこちら側が「してあげたい」を手放して
フラットでいることが必要なんですね。、

 

練習会を終え、帰宅してから午後からの仕事では、
そんな「寄り添い」について、
とても深く考えさせられる場面に出合いました。

 

相手の方の体に、心に、
わたしはどのくらい寄り添えているのだろう?

 

わたしにとって、これは
一生かけて学び続ける命題です。

 

 

今夜の関東地方は冷たい雨になっていて、
秋らしい冷え込みになりそうですね。

皆さま、どうぞ充分に温かくしてお休みくださいねぽかぽか

 

 

体は歴史

2017/10/2

体って一人ひとり全く違います。

 

体そのものが違う。

性格やクセ(体のクセや思いグセ)が違う。

生活習慣によって動かし方が違う。

長い人生で積み重ねてきた体験が違う。

 

その一つひとつは小さな違いでも、
その積み重ねが歴史となって、
触れられたときの反応としては
とても大きな違いとなって表れるんですね。

 

 

ほんの少し触れただけで、
その瞬間に、ギュッとものすごく緊張して
その緊張状態のまま動く人がいます。

本人は動かそうという意識は全くしていなくて
完全に無意識での動きなのですが、
これでもか!というくらい、
ギュッ!と緊張させてしまいます。

 

例えばけがをしてしまった時の衝撃のなごりだったり、

そういったケガが完治しないうちに
無理に体を動かしたために、
体のそこかしこに変な緊張を生んでしまったり、

その緊張をそのままにして何十年も過ごすことで
その緊張した体の使い方が
クセになってしまったとか、

あるいは、とてもショックなことが起こった時の
心の緊張が
ずっと体に残ってしまったとか、

 

きっとこれまで生きてきた中で、
そうやって体を緊張させることが当たり前になり
無意識の部分に染み込んでしまい、
またそうやって体を緊張させることで
数々の問題に対処し、乗り越えてきたのだということが
想像されます。

体にその人の歴史が刻まれているんですね。

 

そんな体を目の前にしたとき助けになるのは
技術や経験より、むしろ
その体とどれだけ対話できるか、
どれだけ体の本音を引き出せるのかということしか
ないんですね。

そして誠意をこめて対話すれば
体はちゃんと答えを教えてくれます。

 

同じ人の体でも、

日々、状態は変わっています。

同じ人の体でも
一度として同じ反応をすることはありません。

そこが、この仕事をしていて
とても面白いところでもありますし、
同時にとても難しいところでもあります。

難しいから面白いのかもしれませんね。

 

体に刻まれたマイナスの歴史があるなら、
それをすっかり塗り替えて、
明日から楽に楽しく過ごしていただくこと。

それが一番うれしいことですね(^∇^)

 

 

一人じゃ学びも成長もできないよね

2017/9/30

最近、誰かとお話しするたびに、すごく大きなことを学ばせてもらっているなと感じます。

ほとんどの場合は、家族だったり友人だったり仲間だったり、近い関係の人から、とても充実した時間を過ごす中での学びですけれど、

時には大きな問題と思えるような出来事や、ちょっと耳が痛い事柄だったりすることもありますけれど、それもとても貴重な気づきにつながったりしています。

 

人は自分一人では何も学ぶことはできないし、成長することもできませんよね。

誰かから嫌な想いをさせられたり、反対にとてもうれしいことをしてもらったりして、自分にとって必要なことを身につけて行くんだなぁと実感します。

本から学ぶこともありますけれど、それもその著者から学んでいるということ。

そう思うと、出会う全ての人、出合う全ての出来事が、とても大切に思えてきます。

そして得たものを、また出会った人との間でお互いに分かち合い、循環させ、お互いに成長し合える・・・

そんな流れの中にいるのだと感じる時、とても幸せだなと感じます。

 

何の役に立とうとがんばらなくても、誰もがそうやって誰かから学び、何かを循環させ、お互いに成長しているのだと思います。

そしてそれを常に実感できることが幸せなのだと思います。

 

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

明日1日の夜、遠隔氣療を行います。
都合により明日は30分遅く22時半より行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 

 

時には記憶もウソをつく

2017/9/27

 

自分の記憶していることって、なんとなく100%正しいと信じていたりしませんか?

わたしは心理や脳の勉強をして、記憶がウソをつくことがあると学んだので、知識として頭では理解しているつもりでしたけれど、それでもなお、「自分が記憶していることは100%間違いない!」とどこかで過信し、思いこんでいました。

ですが、それは間違っていたんだ、記憶していたことが間違っていたのかもしれないと感じたことがありました。

 

このブログでも何度か触れていますけれど、わたしは物心ついたころから何とも言えない生きづらさを感じていました。

それは性格によるものもあるでしょうけれど、家庭環境や親戚関係など、周囲からの影響も大きかったと思います。

中でも、わたしがほしいと思っていた愛情を両親から満足いく形で受け取れなかった(と感じていた)ことが、一番大きかったかもしれません。

これが欲しい。
これをやりたい。

毎日の暮らしの中で沸き起こってくる子どもらしい自然な欲求をぶつけても、周囲の顔色をうかがって過ごしていた母親からは、その大多数についてことごとく×をつけられてきました。

望んでもダメと言われる、諦めるしかないケースが繰り返されるうちに、いつしか知らず知らずのうちに望むことすらも諦めて、ただ親が〇をくれそうなものだけを最初から選ぶようになりました。

そうやって表面上は何の問題もないように生活していましたけれど、胸の内には葛藤ばかりを抱えるようになってしまっていたんです。

そんな自分をどうにかしたくて心理学を学んだり、(当初はそれが心を癒す効果をもたらすとは知らずに)整膚を学んでいくうちに、徐々に葛藤の原因が理解できるようになり、楽に生きられるようになってきました。

 

そしてある日、ふと気づいたことがありました。

葛藤が深かった時代、過去を振り返れば「あれも出来なかった、これも反対された、何もかもダメと言われた」と、否定されたことや受け入れてもらえなかったこと、愛してもらえなかったという感情ばかりに意識が向いて、その度に両親を恨みがましく思っていたけれど、

「本当にそうだったの?」と冷静に過去を観察してみると、そんなことばかりではなかったことに突然気づいてしまったのです。

確かに受け入れられなかったことはたくさんあったけれど、実際にはその全てが今思っているほど大きなことだったわけではなかったし、愛情をたくさん注いでもらった場面もたくさんあったんじゃないか?

けれど、あまりにも長いこと辛かったことにばかり意識が向きすぎていて、本当は針ほどの些細なことがらを大木のように大きなものとして記憶を変換してしまっていたのではないか?

あまりにも長いこと、苦しかった記憶ばかりをギュッと見つめ過ぎていて、本当はたくさんあった幸せな記憶すらも忘れかけていただけじゃないか?

そう気づいたんです。

 

記憶にウソをつかせていた原因は、悲劇のヒロインを演じていた自分。

悲しいこと、苦しいことに堪えている自分を心のどこかで憐れんでいたんですね。

悲劇のヒロインという概念は以前から知っていたけれど、自分がそうであることを絶対に認めたくなかった。

その時はまだ、かわいそうな自分に執着があったから、そこにとどまっていたかったから。

 

当時のことをこうして書いていると、どれほど自分の視野が狭かったのかよく分かるし、どれほど自己中心的になっていたのかと穴があったら入りたいくらい恥ずかしいし、すべての責任を押し付けてしまった両親に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

どうしてあのころ、もっと広い視野を持てなかったのだろう?自分のことばかりでなく、人の気持ちを思いやる心の余裕を持てなかったのだろう?前を向けなかったのだろう?と。

でも、あの時期のわたしにはそうするより他になかった、どうしてもそれが必要だったのですね。

そして、これを読んでくださっている方の中に、もしかしたら同じように苦しんでいる人がいらっしゃるとしたら、わたしの経験が何かの突破口になるのかもしれない、そう思って書いています。

昨日ブログに書いた「風穴を開ける」きっかけにしていただけるかな?と。

 

もし今、まだ執着を手放せないとしても、無理に手放す必要はないとわたしは思っています。

かつてのわたしがそうであったように、今はまだその状態が必要なのですから。

そして手放せるタイミングは必ず来るはずだから。

ただ、「自分は執着しているんだ」という意識をもってその状態を続けるのと、全く自覚なく無意識のまま続けているのとでは、全く意味が違います。

意識してとどまることを選択するのであれば、その選択もかけがえのない小さな一歩。

その次の大きな一歩へつながる第一歩なのだということを、ぜひ覚えておいてくださいね。

 

 

風穴を開ける

2017/9/26

 

生きていると、すべてが停滞してしまっているように感じてしまうことがありますよね。

気持ちも晴れない、体も重い、周囲の状況も煮詰まっている・・・

そんな逃げ場のない、まるで八方ふさがりのように感じる時って、視野がすごく狭くなってしまっていて、周囲のことがよく見えなくなってしまいます。

その結果、自分がまるで世界中で一番不幸な人間のように感じてしまう状況。

きっと誰もが一度は経験したことがあるのではないかと思います。

 

わたし自身、数えきれないくらい何度もそんな経験をしてきました。

そしてその度に、誰かが何気なくいってくれた一言だったり、そっと差し伸べてくれる手だったり、自分のことを気遣ってくれている人の存在に気づいて救われたものでした。

「わたしは一人じゃなかった」

そう思えた時に、少し視野が広がって、自分を取り巻く状況をきちんと見つめることができたような気がします。

その瞬間、フッと気持ちが楽になって、滞っていた空気が流れだしたような気がしたものでした。

風穴が開いたんですね。

 

これからはわたしの番。

苦しくて、苦しくてどうにもならないように思えてしまう状況。

そこにほんの小さくていいから風穴を開けて、新鮮な空気を流してあげられること。

ほんの小さな一歩を踏み出すきっかけを作ること。

ピンチをチャンスに変換できるのだということを知らせること。

それをし続けていけたら、とてもうれしいなと思います。

 

 

父のこと

2017/9/23

今日は亡き父の90回目の誕生日。

昨日、今年初めてキンモクセイの薫りに気づきましたけど、この木は初孫の誕生を祝って植えたもの。

そういえば甥っ子と父は生まれ月が一緒だったんだな・・・などと、改めて思ったりします。

 

昭和一桁生まれの父は、絵にかいたようなザ・昭和のおやじ(笑)

スパルタ式で良く叩かれたし、家から閉め出しを食ったことも何度もありました。

「ダメなものはダメ!」って、よく言われたなぁ。。。

寡黙というほどではなかったけれど、口数はやはり多くはなく、だからとても怖い存在でもありました。

 

仕事は本当に好きだったようで、元々公務員(研究職)だったのですが、後輩でもある友だちが新しく会社を興すことになり、「ぜひ天野さんにも来てほしい」と言われ、定年まで待たずに公務員を辞め、新しい会社に移りました。

定年まで勤めれば楽だっただろうにと思いますけれど、きっとお友だちのためというだけでなく、仕事内容の面でもチャレンジしたかったのではないかと思います。

そのあたりの事情は詳しく聞かなかったけど。。。

新しい会社は片道3時間近くかかる場所にあったので、朝早くに家を出て夜遅く帰ってきて、それでも愚痴ひとつ言うことなく、休日も机に向かって黙々と家で仕事をしていた後ろ姿を思い出します。

 

だからと言って仕事一辺倒だったかというと、そういうわけでもなく(といっても遊びとは無縁の人でしたが)、日曜大工が趣味で、簡単な家の修理をしたり、棚や孫の椅子を作ったりしていたものでした。

また、若い時から水泳(日本泳法)をやっていて、長年逗子海岸で子どもたちに泳ぎを教えていて、その団体のまとめ役もやったりしていました。

それもやはりスパルタで有名でしたが(笑)、水泳を通して地域の子どもたちにたくましく育ってほしい、決してあきらめないことを伝えたかったのかなと思います。

 

こうして振り返ってみると、父親は信念の人だったのだなと思います。

決してすすんで自分のことを語ることはありませんでしたし、そのために誤解されるようなこともずいぶんあったようですけれど、自分が信じることを動かすことは決してありませんでした。

子どもにして見れば、そんな不器用に生きる父親の姿を何となく疎ましく感じたり、もっと楽しく接してくれると良いのに、などと思ったりしていましたし、

「ああいう風にはなりたくない」と、わざと反対の方向へ進もうとしたりと、心の中では反発してばかりでした。

でもこの年になって思い返すと、そういう父の生き方がどれほど素敵なものだったのか、目に見えない大切なことをどれほど教えてもらっていたのか、ようやく気づけるようになりました。

父は生涯を通して、自分を諦めず信じ続けること、信念を持ち続けることの意味を教えてくれていたような気がします。

 

23年前に父を亡くした時は、癌だったので覚悟をしていたこともあり、それほど悲しいとか辛いという感情は起こらず、「仕方ない」と、ある意味冷静に受け止めていたような気がします。

ところが20年以上経った今になって、もっと父と一緒にいたかった、もっとたくさん話したかった、もっと父のことを知りたかったと思うようになりました。

わたしは父のことを全然知らなかったな・・・と。

なので最近の方がよく父と話すようになりました(笑)

父と向き合う今のわたしは、子どもらしくいられなかった半世紀近く前の子どもの頃のわたしより、ずっと子どもっぽいな~と感じます(笑)

いつも守っていてね、応援していてね。

そんな素直な言葉が口をつくようになりました。

こんな年になっても、いつまでも親は親、なんですね。

ありがたくて涙が出ます涙

 

わたしの中では葛藤が多かった親との関係ですけれど、こんな風にただただ感謝だけで振り返ることができる日が来るなんて、長いこと思ってもいませんでした。

自分自身とちゃんと向き合って、自分の視点をちょっとだけ変えて視野を広く持つことができれば、自ずと過去の記憶の意味合いも変わってくる。

ありがたいことですね。

 

父がずっと示し続けてくれた信念を持って生きる姿は、これからのわたしを支えてくれる礎です。

父のもとに生まれてきたことへ感謝するばかりの一日でした。

 

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

明日24日の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 

 

Amaze Yourself!

2017/9/21

突然ですが、わたくし、カーブスで筋トレ始めました~!

ちょっと前から、「体がモッサリしてきたな~、キレがなくなってきたな~、筋トレしたいな~」と思っていたところへ、偶然にも友人から無料体験のお誘いが!

正直言うと、カーブスは全く眼中になかったのですけれど(カーブスさん、ごめんなさい💦)、これもタイミング!ねと思って行ってみたところ、まんまとご入会(笑)

5回ほど通い、マシンの使い方にも慣れてきて、負荷のかけ方も教わってきました。

目指すは、70代でもジーパンをカッコよくはける、動きにキレのある女性!

ワクワク、ちょっと楽しみになってきました♪

 

 

そのカーブスのスタッフの方は皆さん、オリジナルのTシャツを身につけていらっしゃるのですけれど、何種類かあるうちの1枚をスタッフの方が着ていらっしゃって、そのそのTシャツに書いてあった言葉が、すごく良いなぁ~と思ったんです。

 

Amaze yourself = 自分自身に驚く

 

これ、素敵じゃないですか?

変化していく自分に気づき驚けること。
今まで知らなかった自分自身に出会い、驚けること。

それはとてつもなくワクワクする素敵なことですよね!

 

そして思いました。

わたし自身が自分の変化に驚くだけでなく、出会う全ての人に対して、わたし自身がそんなワクワクするような変化を起こすことができたら、本当に幸せ!だな~って(#^.^#)

 

Amaze Yourself!

 

みんなでワクワクしながら、自分の中の知らない自分を開拓していきましょ!

 

 

最後に全くの余談ですが、、、

最近よく言われるのですけれど、わたしはどうやら筋トレ派ではなく、ヨガ派に見えるらしいです。

それも大ベテラン、インストラクタークラスだとか(笑)

そんなにストイックに見えるってことかなぁ~

ヨガ、一度もやったことないのにね(笑)