整膚とリラクセンス・ボディセラピーを通して、体の手当て+心にも手当て

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幸せの器を決めるもの

2018/1/20

わたしたちが当たり前に過ごしている日常。

けれど当たり前ということはこの世にはなく、当たり前に見えることも、実は数々の奇跡的な素晴らしい出来事が重なって保たれていただけなのだと思い知らされる出来事に出合うことがあります。

そんなとき、毎日恙無く普通に暮らせることがどれほどありがたいことなのかを思い知り、この気持ちを決して忘れるまい!と心に決めますね。

 

でも、わたしたち人間は、その大変な時期が過ぎて一年、二年、数年と経つうちに、たいていの人は再び訪れた゛当たり前゛の日常の中で、その時の気持ちを忘れてしまいがちになってしまいます。

当たり前の日常がとてつもなく感謝なことだということを、忘れてしまいます。

 

 

日々感謝の気持ちで暮らすということは、特別な何かに感謝することではなく、

喉を潤すほんの一滴の水があること、

今朝も目が覚めたこと、

家族と口げんかしながらも、元気に暮らせること、

笑えること、

怒れること、

泣けること、

そんな全てのことにありがたいと思えることなのでしょう。

 

 

どれほど小さなことに感謝できるのか、そしてそれをどれほど日常的に心に留めていられるか、

それが幸せの器の深さや大きさを決めるのでしょうね。

 

 

 

 

二人でいても”ひとり”

2018/1/18

少し前に友人が教えてくれた心理学者でありカウンセラーの諸富祥彦さんという名前。

もうインプットは卒業と思っていたので、すぐには反応しなかったんですけど、何となく気になって、図書館で著書を借りてきました。

 

 

 

読み始めたら、ページをめくる度に突き刺さる言葉が飛び込んできて、、、

これまでのわたしの葛藤の中身がそこに描かれていて、これまでの自分の経緯などをたどるように読破していました。

 

そして、何となく感じていたこと、「知って」いたことの正体を突き付けられたような感覚。

デジャヴ?とも言えるような、不思議な感覚がありました。

 

 

心理学者と一言で言っても、様々なタイプの方がいらっしゃいますけれど、この方はとても哲学者的な要素を持った方だと感じました。

 

 

この2冊のうちの1冊『孤独であるためのレッスン』の中に、わたしが目指すセッションの姿を言い表している箇所がありましたので、ちょっと長くなりますが抜粋させてください。

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

カウンセリングの本質にとって、より重要な意味を持つものとして私の心に引っかかったのは、「たしかに二人でいるのだけれど、何だか自分”ひとり”しかいないような、あの体験」のことでした。
自分がぽつりぽつりと話をしているときに、それを解釈されるでもなく、アドヴァイスをされるでもなしに、ただ黙って話を聴いてもらっている。すると、たしかに客観的には二人でいるのだけれど、何だか自分”ひとり”でいる、そんな感じになってくる。けれどもそれは、ひとりで考えごとをしているときとは全然違う。そんなときに決まってひっかかる捕らわれや堂々めぐりからは自由になっていて、もっと存分に、のびやかに”ひとり”で思いにふけることができる。そんな”充実したひとり”の体験。

(中略)

カウンセリングをするとき、言うまでもなくそこには二人の人間がいて、話をしています。カウンセラーとクライエントという二人の人間がいて、クライエントがカウンセラーに向かって話をしている、そんな意識状態でカウンセリングは始まります。
けれども、カウンセリングが進み、二人の関係が深まっていくにつれ――そして、ここがカウンセリングという関係の特殊性なのですが、カウンセラーがクライエントの体験のプロセスに添って自分を消し去るようにして、全身全霊をこめて話を聴いていくにつれて――話をしているクライエントから、「カウンセラーに向かって話をしている」という意識が徐々に徐々に弱まっていきます。「カウンセラーに話をしている」という対象的な意識は希薄になっていき、確かに注意してみれば自分がカウンセラーに話をしているのはわかるのだけれど、その存在がほとんど気にならない、ひたすら自分の体験に没頭し、それにひたり、それを味わっていて、ある意味では自分”ひとり”でいるのと変わらないような、そんな体験になっていくのです。
その”ひとり”の状態で、では、クライエントが何をしているのか、というと、自分の中から出てきた、漠然とした、曖昧な体験と向き合っているのです。それが何なのかはまだよくわからない、けれどなぜか、そこに大切な意味がありそうな気がする、漠然とした、あいまいな”何か”。その何かとじっくり向き合いながら、様々な言葉やイメージが駆け巡っている。何かを絞り出すようにして、それと向き合いつつ、そこから何かが出てくるのを待っている。そうこうしているうちに、「あっ、こういうことかな」という手掛かりが得られてくる。そしてそれを、心の中で何度も反芻していると、自分の奥の「何か」がそれに共鳴し、「そう、たしかにそうだ」という素直な反応が自分の奥から帰ってくる。そして、それが幾度か積み重なるうち、重要な意味のある”気づき”がやってくる。{あぁ、そうだったのか!」と。その”気づき”が広がっていく。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

ずいぶん長い引用になってしまいました汗

もちろんこれは、対話でのカウンセリングの場面で起こることについての話ですけれど、これを読んだ時に、わたしがセッションで目指す姿を見た思いがしました。

 

 

確かにわたしが体に触れているのだけど、クライアントさんは自分の体に没頭し、自分の体の反応をひたすら感じ、体からの声にただひたすら耳を傾けている。

そしてその反応から生み出される体と内面の変化を体感し、本来の”素”の自分を思い出し、取り戻していく。

その過程において、セラピストとしてのわたしの存在を一切感じることなく、ただ自らの力で自分に目覚めていく。

 

 

今まで漠然と目指していた理想のセッションの姿、

しっかりと輪郭が見えたことで、一つ大きな勇気をいただけました。

とはいえ、まだゴールには程遠く・・・汗

大きな理想に一歩でも近づけるよう、日々研鑽を積むだけですね!

 

 

 

体からのメッセージ

2018/1/16

セッションを行なっていると、体からのメッセージのようなものを感じることがあります。

それは、わたしが自分で感じたり考えたという感覚とは違い、体から訴えかけてくるような感覚。

言葉で表現するのが難しいのですけれど、単に手で「感じた」というよりも、もっと生々しいというか、体全部で感じるようなリアルな感覚です。

もちろんいつもいつも感じるわけではありませんが。

きっと、体がどうしても体の主である本人に伝えたいことがあるときに、わたしという媒体を通して訴えるんだろうな・・・

そんな気がします。

 

 

これまでにも何回かそういうことがあって、その都度ご本人にお伝えしています。

すぐに「あぁ!」と思い当たられることもありますし、「う~ん、よく分からない。。。」と言われることもあります。

が、これまで見てきた結果では、その時にすぐに思い当たらない場合でも、たいていは少し時間が経つと「あぁ!」と理解したり腑に落ちたりするようです。

 

 

すぐに思い当たらないというのは、当然と言えば当然のことだなと思います。

というのは、体がこうしてわたしを通して訴えてくるということは、これまでずっと我慢していたけれど、「もう我慢できない!どうにかして!」という体の叫びだと思うんです。

つまり、本人が顕在意識で全く気づいていないことか、あるいは、どこかで気づいているのだけど見て見ないふりを続けていることだったりするわけです。

見ないふりをしているのですから、それを「ほら見ろ!」と言われても、最初の反応としては知らないふりをするしかないんですよね~。

あ、もちろん本人はそんなつもりはなく、全く無意識的に、ですけれど。

だから顕在意識的には、すぐには思い当たらない、という反応になるんですね。

 

でも、体が訴えてくるということは、無意識の深い部分では実は本人もどうにかしたいと思っているはず。

だから少し時間が経つと、「あぁ!」ということになるわけです。

そして、訴え・メッセージの内容に気づいて、意識を変えることができれば、一つ大きな階段を上れるんです。

 

 

最近、某国営放送で月に1度、日曜日の夜に放映している「人体」という番組をご存知ですか?

山中伸弥教授とタモリさんが進行している番組なのですが、ご覧になったことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そこで展開されるのは、体中の臓器や細胞同士が、様々なメッセージ物質を出し合って情報交換することで、わたしたちの体を外敵から守り、修復し、日々の営みを支えてくれているという、これまであまり知られていなかった、、細胞レベルでの驚くべき体の働き。

さらに驚くことは、体に直接かかわっている臓器や細胞だけでなく、腸内細菌など体に属していない物質とも様々なメッセージ物質をやり取りして、わたしたちの生命を維持してくれているということ。

 

これほどまでにすごい能力を持っているわたしたちの体。

わたしたちはその働きに見合うだけの敬意と愛を体に払っているだろうか?

大切にしている、というのが言葉だけになっていないだろうか?

もっと、もっと深いレベルで大切にするべきなのでは?

そんなことを考えさせられます。

 

 

きっといつも、誰でも、体が発するメッセージを受け取ることはできるはず。

本当の意味で体を大切にできれば、全てのことをもっと大事に思えるはずですね。

 

 

 

やっぱり整膚、すごいな~♬

2018/1/13

今日たまたま立ち寄った友人のお店でのこと。

年末に大けがをして手術した友人、手術の跡が痛み出したので冷やそうと思っていた、というところでした。

その場で10分くらい整膚をしたところ、腫れが少し弾いて、硬かった患部もずいぶん柔らかくなりました。

 

 

 

ケガをして腫れているときは、できるだけ早く整膚をすると、治りも抜群に早くなります。

やり方はいたって簡単!

皮膚に軽く手を触れたら、皮膚の表面を優しく動かすだけ。

この時に大切なポイントが幾つかあるのですが、、、

 

①皮膚に軽く触れたら、その振れた圧力以上に力を加えないこと。

「こんなので良いの?」と思われるくらいに軽く触れる力だけで十分です。

というか、力を入れ過ぎると逆効果になってしまいかねません。

あくまでもフワッと触れる程度の軽さが目安です。

 

②触れた指が皮膚から離れないように密着させたまま動かすこと。

指が動いてしまうと、「こする」ことになってしまい、効果が薄れてしまいます。

 

③皮膚を動かすときは、気持ちよく皮膚が動く範囲の中で動かしましょう。

動かそうと思えば皮膚はいくらでも動きますけれど、気持ちよく動く範囲を超えてしまうと、これまた逆効果になってしまいます。

最初はゆっくり動かしてみると、スーッと動いている範囲と、それを超えて無理やり動かすときの感触の違いがはっきりと判るはずですよ。

 

④動きにくい部分や痛みがある部分は無理に行なわず、周囲の柔らかい部分や痛みがない部分を行いましょう

皮膚は全身が一枚の皮。

周囲の皮膚を動かせば患部の皮膚も動きます。

たとえ直接皮膚に振れていなくても、皮膚が動いていれば効果は及びます。

 

 

このようにして、一日に数分でも良いので、優しく整膚をしてみてくださいね。

最大のポイントは、「気持ち良い!」を大事に行なうことですよ!

 

 

 

そうそう、もうずいぶん前のことになりますけれど、近所に住んでいた叔母が、10年以上前の卵巣の手術の痕が癒着しているようだと言ったことがありました。

既に整膚を学び始めていた後だったので、やり方を伝えて、トイレに行ったときに30秒でも1分でも良いからやってみてね、と勧めたことがありました。

それから3~4日後、再び叔母に会うと、「あれから毎日整膚していたら、癒着していたコリコリの塊が全くなくなっちゃったの!」と言われたんですよ。

あれは嬉しかったなぁ~♪

 

 

 

特に悪い部分がなくても毎日整膚をしていると、血流がとても良くなるので、シミやシワがなくなったり、余計な脂肪を退社する力があるんですよ!

ただ皮膚を気持ちよく動かしたり持ち上げたりするだけです。

やらなきゃ損!と言っても良いと思います。

 

 

 

皮膚って体を包んでいる単なる皮じゃないんですよ!

すごい機能を秘めている最大の臓器です。

やさしく、優しく接してあげてくださいね。

 

 

 

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明日14日の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。
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変化~日々の暮らしが潤う

2018/1/12

 

この仕事をしていてとっても嬉しいことは、ガチガチだったりバンバンだった体が徐々に緩やかになって、「楽になった」と言っていただけることはもちろんですけれど、

それにともなって、普段の過ごし方や、自分に対する接し方に変化が表れるのを間近で拝見できること、感じられることが何よりの喜びです。

 

 

「体がついていかないから」と諦めていた旅行に、何の不安もなく行くことができるとか、

それまでは体形やオシャレなどにあまり気を遣わなかったような方が、スリムになってきたことを素直に喜んでいらっしゃったり、着るものの色に気を遣うようになって、明るい色を身に付けるようになられたり、

そんな日常の小さなことの一つひとつを、喜びとともに大切にされる姿を拝見すると、目に見えない部分にも大きな変化があったことがうかがえます。

日々の暮らしが潤うって、本当に素敵なことですよね。

 

 

体が変わると、内面・心も確実に変わります。

それは、マイナスとプラスのどちらにも働く力です。

コリや痛みなどの体の緊張状態が長いことずっと続いていると、知らず知らずのうちに心も生活もギュッとしてしまいます。

この「知らず知らずのうちに」というのが怖いんですよね。

わたし自身も、そしてセッションをしている中でも何度も経験がありますけれど、そういうのって緊張状態から抜けて初めて、「あ、わたしずっとギュッとしてたんだな汗①」と分かるものだったりします。

だからこそ、辛い状態を決して放置しないでほしいんです。

 

 

体が緩むと心も緩みます。

そして、あなたが緩むと、家族や友人や仕事仲間など、周囲の大切な人たちも緩みます。

全ては波動、影響し合うものですから。

どうせ影響し合うものならば、良い波動を出し合って過ごしたいですね!

 

 

 

”反応”は自分を知る道しるべ

2018/1/9

今日は気持ち悪いくらい暖かくて、春一番か?!というくらいの強風です。

とはいえ、明日からは冬らしい気候に戻るみたいなので、しっかりと対策しましょうね!

 

 

 

昨日の午前中は、リラクセンスの”概念”についての勉強会でした。

施術なのに手技の勉強ではなく、なぜ”概念”?と思われるかもしれませんね(苦笑)

このブログでも何度もお伝えしていますけれど、リラクセンスは改善への道をとことん相手の体に聴いていく手技。

一般的な手技手法のように、施術者の意図や、一般的な傾向とか過去のデータを基にして施術を行うと、相手の体の声が十分に聴き取れなくなってしまいます。

いくら手技を学んで技術を完璧にしたとしても、リラクセンスをリラクセンスたらしめる”概念”を無視してしまっては全く違う手技になってしまうと言っても、決して過言ではありません。

リラクセンスにとって、”概念”を体に落とし込むことはそれくらい重要なファクターなんですね。

 

 

リラクセンスの手技を支える大切な概念。

反応
在り方
循環

その中でも昨日は、”反応”に視点を当てて勉強してきました。

 

 

いきなりですが、反応ってどのようなものだと思いますか?

勉強会はこんな質問から始まりました。

そして、

どんな時に反応が起こるのか?
人によって反応が違うのはなぜ?
反応を生む要素とは何だろう?

こういった質問が続きます。

 

”反応”という、目に見えない概念についてとことん言語化することにより、一人ひとりが”反応”という言葉をどうとらえているのかを具体化していきます。

すると、自分の中で輪郭なくぼんやりとしていた概念が、少しずつ形創られていきます。

そして、自分とは違う人の意見を聴くことにより、自分のの内側の枠が広がり、選択肢が増えていきます。

 

 

この世の中にはどんな”反応”が存在しているでしょう?

 

物質と物質が起こす化学反応、そこから新たな物質が生まれたりします。

口から食べた食物は、まず口の中で唾液という消化酵素と出合い、消化の第一歩が始まります。

消化吸収も”反応”ですね。

消化吸収だけでなく、体の中では様々なホルモンや、目に見えないくらい微小の物質同士が出合って反応し合い、新しい信号となって体に指令を送ったりして、常に体を生かしています。

外に目を転じれば、人間同士が出会って反応し合ったり、熱いものに手を触れて思わず手を引っ込めたり。

ニュースを見ては、一喜一憂したりするのも”反応”です。

 

こうやって見て見ると、この世の中は全て反応によって成り立っていると言っても過言ではありません。

 

 

同じニュースを見ても、みんながみんな同じ捉え方をし、同じ反応をするわけではありませんね。

例えば、明日は雨だという天気予報を見たとします。

「え~?雨なの?最悪~!」と、否定的に捉えてしかめ面をする人もいれば、

「やった!新しい傘を下ろせるわ!」と、喜ぶ人もいるかもしれません。

「ふ~ん、そうなんだ」と、特に気持ちを大きく揺さぶられることのない”反応”をする人もいるかもしれません。

人それぞれです。

 

 

人は皆、生まれた場所も違えば、育ってきた文化も違う。

一緒に過ごした仲間も違えば、職業も違う。

同じ兄弟として生まれてきても、その立場によって考え方も違ってきます。

これまでの人生で積み重ねてきた経験が違うし、そこから学んだ事柄も違います。

それぞれが経験を通して身につけてきたことの全てから、今のその人の心と体の”在り方”が作られてきたのです。

在り方が違えば、何らかの刺激と出合った時の”反応”も違って当然ですね。

 

 

わたしたちはこれまで生きてきた何十年の間、出合う環境や物質や人に対して様々な反応し続けてきました。

その数えきれない”反応”から、今現在の”在り方”が創られたのです。

そしてその今の”在り方”が次の”反応”を生み、その”反応”がまた次の”在り方”を創り上げていく・・・

その”反応”と”在り方”の”循環”こそが、この世を動かしている真理であり、リラクセンスが大切にしている”概念”です。

 

 

”反応”が”在り方”を創り、”在り方”が”反応”を決める。

でも反対に、意識的に”在り方”を変えることで、”反応”を変えることもできますよね。

自分が「こうありたい」というというイメージがあれば、その理想とする人物像の”在り方”を全身で感じ、表現してみることで、物事に対する”反応”をを変えることができるのではないでしょうか?

そしてその”反応”から、新たな自分を創り上げていく。

 

その時に大切になるのは、今の自分の”反応”。

起こったものごとに対して、出会った人に対して、その都度自分がどんな”反応”をしているのか?

それは今の自分の姿です。

もしその”反応”が、自分にとって歓迎すべきでないものであったり、モヤモヤするようなものであったとしたら、そこにこそ、今の自分が何を信じているのか、どんなとらわれや偏見があるのかを教えてくれる大切な道しるべが隠れています。

目をそらしたり、無かったことにして蓋をしてしまうのではなく、自分がそんな反応をしたことを認めてあげて、「なんでだろう?」と自分の奥深くに問いかけてみてください。

すぐに答えが見つからないとしても、その問いかけを積み重ねることによって、無意識はしっかりとデータ分析をし続けてくれ、ある日気づいたら抜け出せているはずです。

 

 

自分の反応も、相手の反応も、すべて大切にしてください。

それは自分を知り、相手を知ること。

そこから必ずや豊かな循環が生み出されるはずですから。

 

 

 

遠隔氣療を行う理由

2018/1/6

今日、お客さまとメールしていて、素敵な言葉をお聴きしました。

「六十路乙女」

素敵ですよね~キラキラ

色々チャレンジして楽しもう!というお気持ちが伝わってきます♪

なんかすごく元気をいただいちゃいました!

わたしも五十路乙女でがんばろう!

 

 

 

明日7日は、今年初めての遠隔氣療を行います。

お客さまへの個人的なケアで始めた遠隔氣療。

週一回、広くご希望者さまへ定期的に行なうようになってから、1年4カ月以上が経ちました。

 

 

元々は整膚やリラクセンスよりも前に学んでいた氣の世界。

わたしが氣を学んだ先生は、接骨院の治療が終了した後の夜の時間に、ご自身の患者さまへ毎晩、遠隔氣療を行っていらっしゃいました。

その患者さんはがんを患っていらっしゃって、それも末期、手術も何回も受けていて、内臓はほとんど無いような状態。

医学的には生きているのが不思議と言われるくらいでした。

それでも先生は決して諦めることなく、その方の生きる力を100%出しきることができれば、寿命と言われる期限が来るまでは元気で生きられるものだという信念のもと、毎日変わることなく氣療を行っていらっしゃいました。

その揺ぎない姿は、わたしがこの仕事に就いた当初から目指すべきお手本となっています。

 

 

先生のように毎日行うというのは、わたしにはハードルが高かったし、もちろんわたしの力は先生には遠く及ぶべくもありませんが、まずは自分にできることをやろうと思い、週一回行うことを決めました。

それを後押ししてくれたのは、過去に最期の時を氣療を通して共に過ごさせていただいたお客さまの、「氣療を受けるととても楽になって痛みを忘れる」という言葉。

力不足かもしれないけれど、喜んでいただけることがあるならやりたい!と、今も継続するための力をもらっています。

 

 

 

自分の体は自分しかどうにもできません。

見方を変えれば、自分の体は自分の考え方、付き合い方次第でどのようにも変えることはできるはず。

 

自分の体を、自分自身を大切にするとはどういうことなのか?

自分の体や心と調和して生きるとはどういうことなのか?

 

わたし自身も学びながら、皆さんと一緒に成長していきたいと思っています。

 

 

「わたし、調和できていないかも?」という方は、ぜひ継続して受けてみてくださいね。

氣の力は目には見えませんけれど、誰にでも必ず備わっている力であり、今も体を維持するために働いてている大切な力。

ぜひご自身の氣の力を信じて、感じて、それを育ててあげてくださいね。

 

 

 

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明日7日の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

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新年によせて~在り方・生き方・死に方

2018/1/2

新年、明けましておめでとうございます。

昨年中はたくさんの方々にお世話になり、皆さまのお力添えのおかげで、無事に新しい年を迎えることができましたこと、心より感謝申し上げます。

本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

新しい年も2日目が終わろうとしています。

そういえば今日の昼前くらいに満月を迎えたのですよね。

満月は浄化のタイミング。

新しい年の幕開けとともに、身も心もスッキリと調えたいですね。

 

 

 

昨年は様々なことの「基本」について、大切な「何か」を得た一年でした。

それは全てを言葉でいい表せられるようなことではなく、体の芯の部分で感覚的に「うん!うん!」と一つひとつ納得していたような感じ。

一つひとつの表面に見える課題は違っていても、根っこの部分では一つにつながっていて、これからのわたしの生き方を支えてくれるものになるであろうと確信しています。

 

 

きっとこれからの時代は、「自分はどうありたいのか?」ということが、とても大切になってくるのかなと感じます。

どんな仕事をしているとか、どんな家族がいるのかとか、どこに住んでいるのかとかとか、、、外側の物質的なものを全てそぎ落として、何もない一人の人間として、

自分は一体どのような人間でいたいのか?
この世とお別れするときに、どのような心持でいたいのか?

そこをしっかりと見据えると、そのためには今どのような在り方でいれば良いのか?が見えてきます。

そして、そこがしっかりとしていれば、どんな問題が起こっても、最終的にどのような選択をしてどのような行動をとれば良いのかが見えてきます。

「在り方」と「生き方」と「死に方」は、全て同一線上にあります。

 

そしてその「どう在りたいか」という指針として、体の感覚を大事にすると、間違いがないのだなということも、昨年一年で実体験を通して体で理解したことでした。

 

 

 

これからのわたしの仕事は、その、体の感覚を通してご自分の在り方を見つけていただくためのきっかけを作ることであり、その感覚を常に持って過ごしていただけるようにお手伝いすること。

体は単なる物質的な器というだけでなく、その人の人生が全て詰まったその人の歴史であり、本能、魂、その人の全てです。

そんな、この世で唯一無二の体をもっとご自身と調和し、融合させていただくために、まずはわたし自身が心身ともにいつも「素」のままでいられるよう、日々整え(調え)なければと心に刻んでいます。

 

わたしもまだまだ途上。

信頼してくださる人たちとともに、一緒に歩んでいかれたらと思います。

 

 

一年間、ありがとうございました!

2017/12/30

明日で2017年もおしまい。

皆さまにとってはどのような一年だったでしょうか?

 

わたし自身は、自分自身に還ることのできた年だったかなと感じます。

そのため、時には苦しんだこともありましたけれど、立ち直るのも抜群に早くなってきたし(笑)、その分気づきや発見もたくさんあって、

それこそ毎日、毎日、前日とは全く違う自分であることを実感して、それはとても新鮮な体験でした。

 

総じて見ると、とても充実した一年だったかな~

感謝ですね。

 

 

そして関係の近い人というのは、どうやら同じような時期に同じような経験をするらしく、

わたしの周囲の大切な人たちもまた、それぞれの課題に取り組みつつ、それを乗り越えようとがんばった一年だったようです。

 

 

生きていると本当にいろいろなことがありますけれど、乗り越えられない試練はやってこない。

必ず乗り越えられるはず!

でも、もし一人では乗り越えるのが難しいことだったら、みんなと一緒に乗り越えれば良い!

みんながそれぞれに助け、助けられながら、それぞれの目指す高みに向かっていく・・・

そんな仲間を広げられたら、、、と思います。

 

 

年内の仕事納めは、実は明日。

毎年一緒に年越しをする友人が、セッションを受けてくれることになっています。

最後の日まで仕事ができるなんて、本当にありがたい。

今年一年の締めくくり、しっかりと寄り添えたらと思います。

 

 

 

これからセラピストとしてまた新たなスタートを切るのだと覚悟を決めたこの一年。

これまで積み上げたものを大切にしつつ、年明けからはまた初心に戻って、もっと皆さまに喜んでいただけるように、新たな気持ちで取り組んでいきます。

 

皆さまにはこの一年、大変お世話になりまして、本当にありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

皆さま、どうぞ佳いお年をお迎えくださいね!門松

 

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
ギリギリのお知らせになってしまいましたが、本日30日の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 

ホ・オポノポノ~小さな幸せのために

2017/12/27

年末のあわただしい時期、皆さま体調を崩されたりしていませんか?

「なにもこの時期になって、こんなこと起こらなくても~!」という方、きっとそれは大浄化。

年内に毒出しをしっかりして、スッキリと新年を迎えましょう!という神さまからのメッセージに違いありません。

中途半端にやり過ごすことなく、しっかり養生して抜いてしまってくださいね!

 

 

 

今日はちょっと分かりにくい話かもしれませんけれど、ピンポイントでキャッチしてくださる方が一人でもいらっしゃるのではないかと思って書きますね。

 

 

生きていると、本当にいろんなことが起こります。

どんなに苦しいこと、辛いことでも受け止めるしかない。

そして最終的には本人が乗り越えるしかなくて、他人がどうしてあげることもできないですよね。

そんな時、本当に無力なんだと思って悲しくなることもあるけれど、、、

でもね、多分、何もできないわけではない、はず。

 

 

今年になってから詳しく知ったホ・オポノポノの考え方。

ホ・オポノポノって?という方は、こちらをご参考になさってください
      ⇒ 

 

この考え方が正しいか正しくないかなんてわかりません。

ただ、意識はみんなつながっているのだということは、氣療を行っていても実感できること。

それに、これが正しくないという証明もきっとできないですよね。

だったら、わたしが見聞きしていることで心が痛むのであれば、そしてわたしにできることで、それが何かの助けになるなら、ただ淡々とやり続けよう。

そう決めて実践しています。

 

 

人の幸せって、多分そんなに大げさなことじゃない。

自分を含む周囲の人たち、家族や友だちや職場の仲間とか、大切な人たちみんなが毎日つつがなく生活できること、

今この時を笑って過ごせること、

それさえあれば、後はおまけのようなもの。

そんな小さな幸せを守りたいと、心から願っています。