整膚とリラクセンス・ボディセラピーを通して、体の手当て+心にも手当て

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感謝と反省と

2017/11/14

半月ほど前に2階から転落したあんこですが、ずいぶんと普段通りの体に戻ってきました。

時々、後ろ脚が緊張することはありますけれど、回数はぐ~んと減って、緊張からの回復もとても早くなりました。

ご心配くださっていた皆さま、本当にありがとうございました。

 

 

この半月、あんこの手当てをしていて感じたのは、動物が持っている回復力の強さ。

生きる力の強さと言い換えることもできますね。

転落直後、まだおぼつかない足取りの中でも、あんこは何度も歩こうとして、実際によろよろしながら歩き回っていました。

最初は止めようとしていたのですけれど、あまりにも何度も歩こうとするので、「きっと歩きながら体を調整したいのだな」と解釈し、歩き回るあんこの腰や背中にそっと手を添えて、体の動きをサポートしていました。

手を添えると言っても、わたしが動く方向をコントロールすることはせず、ただただあんこの体が動きたい方向へとついていくだけでした。

ですが、おそらくこの「ただついていくこと」こそがあんこの回復を早めたのだと実感しています。

歩いているうちに、体の緊張がだんだん取れてきて、日を追うごとに背骨の捻じれが少なくなっていくのが目に見えて感じ取れました。

その間わたしがしていたのは、ただあんこの皮膚に触れていただけ。

皮膚の動きを感じ、皮膚の下の体の流れを感じていただけでした。

 

 

今回こうして、あんこの体の良くなろうとする意思、また実際に良くなっていく力の強さを目の当たりにして、同じ力をわたしたち人間も持っているのだということに、深い感謝を感じると同時に、

これまでの自分自身の力不足も痛感しました。

 

整膚やリラクセンスの持つ限りなく優しくも強い力の素晴らしさは明らかで、その素晴らしい力を通してたくさんの方々に楽になっていただきたい、喜んでいただきたいと思い、この仕事を続けていますけれど、

わたしの未熟さや力不足のために、その素晴らしさを実感していただき、喜んでいただくことができなかった方も、これまでいらっしゃったのだろうという事実に思い至り、ただただ残念で、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

 

 

わたしはまだまだ未熟で、反省することもいっぱいありますけれど、今の自分の未熟さから目を背けることなく、先へ進むための学びに変えたいと思います。

そして一人でも多くの方に、体丸ごと芯から解放された気持ちよさを体感していただいて、人生を十二分に楽しんでいただけるよう、もっともっと精進したいと思います。

一日一日、一瞬一瞬、成長し続けます。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

本当は奇跡でなんでもない

2017/11/9

開業したころから続けている高齢者施設でのボランティアの施術。

最近は密かに、ちょっと状態の悪い方をメインやらせていただいています。

こちらの施設にはわたし以外にもマッサージの先生がいらしていることは知っているので、普通のマッサージを受けていただける状態と思われる方は、そちらを楽しんでいただくこともできますけれど、

例えば麻痺や拘縮があって思うように体を動かすことができないような方は、おそらく普通のマッサージは受けられないと思うんです。

それに、おそらく一般的には、麻痺や拘縮があるような方の回復を積極的に目指して施術することはないのではないか?と思うんですよね。

でも整膚やリラクセンスなら、機能が完全に衰えていない限りは何らかの改善を見込めるはず。

体への負担がほとんどない施術だからこそ、できることがあるはず。

そんな思いもあって、体がほとんど動かないような方の施術を優先させていただいているわけです。

 

 

そんな方々への施術の様子を傍から見えていたら、もしかしたら何もやっていないように見えることもあるかもしれません。

傍目ではほとんど動いていないように見えても、実は皮膚はしっかりと動いています。

そして、その皮膚のわずかな動きの下に、体の「生きたい!動きたい!」という意思を確かに感じる瞬間が何度もあります。

時にスゥ~っと動いたかと思うと、ビクッと止まったり、急に背中が伸びたり。。。

そんなふうに体が反応しているとき、受けてくださっている方も体からの意思・反応を感じているのでしょう、いつもとは明らかに違う表情をされます。

どこかをしっかりと見据えるようなしっかりとした目付きで、その眼差しから何かをしっかりと感じていらっしゃることが伝わってきます。

すっかり諦めていた自分の体に、生きる力が存在していることに驚いていらっしゃるのか。

それとも、ご自身では最初から分かっていた、体の「動く!」という意思を確認していらっしゃるのか。

どちらなのかは分かりませんけれど、少なくともその瞬間には確かに存在しているご自身の力強い生命力を実感されていたことだけは確かでした。

 

そうやって施術をさせていただいた中のおひとりに施術後、「ずいぶん動きましたね。」とお声をかけると、目を細めて応えてくださいました。

「大丈夫、体はちゃんと覚えていますからね。次はもっと動きますよ」とお声をかけると、「うん、うん」と、しっかりとした目で頷いてくださいました。

 

 

体の機能のどこか少しでも残っているなら、ほんの少し手を添えてあげるだけで体は必ず生きる力を発揮して改善へと向かいます。

それを「奇跡」と呼ぶ人もいるかもしれませんけれど、本当は奇跡でもなんでもなくて、当たり前のことなはず。

それを当たり前と思えないのは、ただわたしたちが、本来だれの体にも備わっている「生きようとする力」を信じ切れていないからに過ぎない。

ここで施術させていただくと、いつもそう思います。

 

 

 

断捨離

2017/11/6

このところ、少しずつ古いものの処分をしています。

基本的には物をあまり溜めこまない方だとは思いますけれど、それでも整理しようと思って意識して見てみると、ずっと開かずの扉のように(笑)手付かずの分野があることに気づきました。

見てみぬふりも甚だしい(笑)

手始めにずっと気になっていた、過去に使っていたパソコン3台をリサイクルに!

’98ですから、ノートパソコン分厚いですから~(笑)

 

 

断捨離のプロに言わせると、紙類は全捨てが基本、残すものを選別するということですから、できるだけそれにのっとって書類整理を始めました。

そうしたら、過去は手元に残すことにした書類の中に、もう20年ほど前に色彩心理学校に通っていた頃の資料がわんさか出てきました。

テキスト類はもちろんのこと、ワークや研究の調べものやレジュメなども多数あり、断捨離では禁断の(笑)過去へのタイムスリップをしばし楽しみました。

 

 

20年前のわたしは、こんな風に考えていたんだ・・・とか、こんな状況にいてこんなことに悩んでいたんだな・・・とか、若かった頃(と言ってもいい加減いい年でしたけどね!)の自分の姿が、まるで他人事のように感じられたのがとても不思議でした。

確かにそれは自分自身だし、十何もの間こんなことに悩み続けていたんだなという、その時の葛藤や心模様はもちろん覚えています。

でもそれらの書類の中のわたしは、もうどこか遠い所に住んでいるような、ずっと前にどこかに消えてしまったかのような・・・

長いこと、自分では何も変わっていないように感じていて、その変われないことがジレンマでもあったのですけれど、

「あぁ、けっこう遠くまで来ていたんだな」

そんなことを感じました。

 

 

これまで自分の魂を追求してきた旅の記録のようなそれらの書類、全く何の未練もなく捨てられるわけではありませんけれど、

それでも、「もう要らない」と思った。

処分することを決めました。

この書類の中にいるのは過去のわたし。

とっても未熟だった過去のわたしは、とても、とても愛おしくて、ギュッと抱きしめてあげたいほどでした。

それでも、もう過ぎたこと。

今ここから未来を創っていく。

だから処分することを決めました。

たとえ物として目に見えるものは無くなっても、今ここにいるわたしの中に、その学びのエッセンスはしっかりと生きているはずだから。

 

 

モノを整理するのは思考を整理すること。

人生を整理すること。

これからも核となる大切なものだけ携えて、不要になった過去のものは感謝して手放して、進んでいきたいと思います。

 

 

 

ベスト・パフォーマンスを披露するために

2017/11/4

皆さまの応援のおかげで、あれからあんこは順調に回復を見せてくれています。

完全回復まであと一息というところでしょうか?

応援してくださる皆さま、ありがとうございます。

 

 

そんな中、先日セッションを受けてくださった方は、リコーダー奏者さん。

翌日に演奏会を控えて、最後の体の調整にいらしてくださいました。

 

初めて受けてくださったのはほぼ一年前。

その時も2日後に演奏会を控えていらしたことを覚えています。

とても大きな演奏会だったので、気持ちも体も緊張感が半端なく、どうにかならないか?というところで、リラクセンスを見つけてくださってご予約くださったというわけです。

 

ご職業柄、これまでもずっと体のメンテナンスについてはいろいろ試し、実践していらっしゃるとのことでした。

というのも、本番でベストのパフォーマンスをするために必要なのは、緊張が程よく抜けてリラックスし、響きの良い体を作り上げること。

そのためにパーソナル・トレーナーについての筋トレで筋肉を鍛えることはもちろん、音楽をやる方にはよく知られているアレクサンダー・テクニークも学び実践し、普段から緊張を抜くことも意識されていらっしゃるそうです。

それでも前述したように、大きな演奏会の前など緊張が強くなるときなどは、自分ですっかり緊張を抜くのは難しいと感じ、セッションを受けてくださったわけなんですね。

それから何度かご予約をいただいているのですけれど、セッションの後いつもおっしゃるのは、「体全体のつながりがより深くなる」ということ。

力が抜けていながらも良い集中ができ、とても楽に良い音が出るそうなんです。

わたしは楽器は全くダメなので、想像するしかありませんが(笑)

 

 

そういえば、以前リラクセンスを受けてくださったファゴットの奏者さんも同じことをおっしゃっていたし、リラクセンスの創始者である熊倉先生のクライアントさんも同じことを言われていたそうです。

先生のクライアントさんの中にはピアニストや声楽家の方も何人かいらして、リラクセンスのセッションを受けると、皆さんこぞって音や声の出方が全く違うと言われていたそうです。

他にも先生のクライアントさんの中にはプロスポーツ選手も多いそうですが、体の緊張がすっかり抜けると、パフォーマンスが格段に上がるそうなんです。

音楽家もスポーツ選手も、体が資本の商売。

ベスト・パフォーマンスをするために人一倍体を気遣い、体への意識が高いはず。

そんな方々が違いを感じてくださるのは、やっぱりとても嬉しい♪

リラクセンスのメソッド=余計な力を加えるのではなく、体の声に従ってゆるめるという方法は、やはり理にかなっているということですね。

 

 

先日のクライアントさんも、昨日演奏会を終えたはず。

素敵な演奏でお客さまを楽しませていらしたんだろうな~と想像すると、わたしまでとても幸せなありがたい気持ちになります♡

 

 

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明日5日の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

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あんこ墜落事件・その後~手足は人を助けるために

2017/11/3

前回の投稿に、ブログやFBへあんこを心配する心温まるたくさんのコメントを頂戴し、本当にありがとうございました。

実はあの後、順調に回復していたのですけれど、昨日の朝の散歩の際ウ〇チをする時に、力んだ弾みに筋肉をひねってしまったのかどうか、ちょっと調子が悪くなりました。

脊椎がねじれ、骨盤も大きくねじれる症状が度々表れ、脚を突っ張ったりギュッと縮んだりを繰り返し、体のバランスをとれずに右へ左へヨタヨタとよろけるようになってしまいました。

それが今日の午前中に少しひどくなり、動物病院の先生に相談しようと思って電話をしてもつながらなくて・・・(泣)

それから1時間くらい手当てを続けていたところ、腹側の首から脚の付け根にかけて、ピン!と筋が一本通っているかのように硬く張っていることに気づきました。

そして背骨のねじれに添って、肋骨も大きく傾いて・・・

このハリとねじれを改善できれば、きっと回復に向かうはず!と、外出から帰った後も、寝ているあんこに1時間ほど手当を続けたところ・・・

眠りから覚めるて1歩、2歩ほどよろよろしたものの、その後は一昨日までの足取りに戻ったではありませんか!

あ~!よかったよぉ!!(ノ◇≦。)

 

 

おそらく瞬間的に体全体がギュッと、変な具合にねじれてしまったようで、後ろ脚にその影響が大きく出ていたようです。

症状が出ている箇所だけを見ていては分からないこと、体の反応、皮膚の偏りを観察して、その動きに添うことの大切さを、あんこの体を通して改めて確認させてもらいました。

それにしても今だから笑ってはませるけれど、タイミング悪く先生につながらなかったときは、またまた泣きそうになりました(笑)

 

 

今日、あんこにずっと手当を施しながら、以前覚えた言葉を思い出していました。

それは首の骨を折り、一生車いす生活を宣告された中学校教師の越塚勇人さんが、一度は自殺を図りながらも周囲の人たちに支えられ、4カ月後に奇跡的に現場復帰を果たした際、決意とともにしたためた言葉。

 

「口」は…、人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう
「耳」は…、人の言葉を最後まで聴いてあげるために使おう
「目」は…、人の良いところを見るために使おう
「手足」は…、人を助けるために使おう
「心」は…、人の痛みがわかるために使おう

 

初めてこの言葉を知った時から、できるだけ心にとめておこうと意識している言葉です。

人としても、セラピストとしても、とても大切にしたいこの言葉。

あんこに手当てしながら、わたしの手は人や動物を助けるためにしっかりと使えているだろうか?もっともっと使わなきゃ!と、それだけを想っていました。

 

 

完全回復までは、まだしばらく時間が必要かと思いますけれど、神さまからいただいたこの「手」というギフトを使ってしっかりとケアしてあげたいと思います。

あんこを応援してくださる皆さま、本当にありがとうございます。

 

 

ちなみに・・・

後から判明したのですけれど、今日は祝日なので動物病院は休みかと思って先生の携帯に電話したのですけれど、実は今日も平常通り開業していたので、先生は携帯に出られなかっただけだったのでした。

 

 

心臓が止まるかと思った・・・

2017/10/31

あれは日曜日の早朝のこと。

いつも2階であんこ(老犬♀17歳)と同じ部屋で寝ているのですけれど、朝方いつものようにあんこの徘徊が始まった気配が。

とはいえ、あんこの徘徊は日常茶飯事、いつも部屋からは出ないのでそれほど気にするでもなく、うつらうつらしながらあんこの足音を聞くともなしに聞いていました。

と・・・

足音が変わった?部屋から出た?!

「あんこ、ダメ!」と思った瞬間には、ドドドドドドドドド~!!!と階段を転げ落ちる音が!

「イヤァーーーーー!!!」

瞬間に何かを大声で叫んで、階段を駆け下りたことだけは覚えているのですけれど、何を叫んだか、あんこがどんな状態で転がっていたのかは、今持ってまったく思い出せず、

心臓がバクバクしながらも、とにかくあんこを抱き上げて居間に入り、あんこが無事かどうかを確かめました。

 

幸い血も出ておらず、息もしていることが分かり、瞬間涙があふれてきました。

そして「落ち着け、落ち着け」と自分で自分に言い聞かせながら、首は大丈夫?足は動くのか?と体を点検していきました。

すると、脚はつけるのですが、後ろ脚がギュッと緊張して縮まってしまっています。

「まさか、まさか…」と半泣きになりながら、そっと、そっと皮膚を動かし続けました。

6年前の手術を切り抜けて、17歳までどうにか無事に生きてきたのに、この年になってわたしの不注意で階段から落ちるようなことになってしまって、、、

もしも、もしもこのまま動けなくなってしまったらどうしよう。。。

そう思ったらあんこに申し訳なくて、泣けて、泣けて、

でも、泣いてる場合じゃない!泣いてる暇があったら、あんこのためにできることをやらなくちゃ!と自分を奮い立たせて、「神さま、神さま」と祈りながら懸命に、でもそっと整膚をし続けました。

 

 

落ちたときにきっと背中や腰は少なからず打っていたと思うし、訳も分からないうちに急に衝撃だけ受けて、ショックも相当あったのでしょう。

背中が少しねじれるように張っていて、わき腹のあたりも緊張していました。

できるだけ頭を冷静に保ちながら、皮膚の動きに添うように、とにかくそっと整膚し続けました。

途中、動物病院に連絡しようかという気持ちもよぎったのですけれど、整膚やリラクセンスを知っているだけに、むやみに動かされてしまうことへの恐怖もあって躊躇しました。

お医者さまを信頼していないわけではなく(むしろその先生のことは全面的に信頼しています)

ただ一般的にわたしが行なっている施術の考え方は医者の世界でも全く知られていないものであり、なかなか受け入れてもらえないだろうことは想像できました。

なので、お医者さまに連絡する前に、とにかくまずはできることをやろう。

そして様子を見たうえで、それでも手におえないようだったら、先生に連絡しよう。

そう決めて、あんこへの手当てを続けました。

そうやって整膚し続けて、気がついたら2時間経っていました。

 

 

その日は台風が接近しているという悪天候もあって一日中、門も開けずに引きこもり(笑)、あんこの手当てを続けました。

そのかいあってか、夕方にはちょっとビッコを引きながらも普段とそれほど変わらないくらいまで回復しました。

2日以上経ち、ずっと寝ていて起きた直後などには脚がぴんと張って緊張することもありますけれど、少し手当てしてあげるといつもの通りに復活します。

それ以外は、おおむねいつもの通りの状態になりました。

1週間くらいは様子を見なければいけないと思うし、それまではまだ不安が残ると思いますが、何とか大事には至らず済みそうです。

 

 

この1~2年くらいでしょうか、わたしはもはやあんこの飼い主という意識ではなく、

 

あんこは神さまからの預かりもの

無事に神さまの元へ還す日まで、できるだけジャマせずにお世話をするだけ

 

いつの間にかそんな感覚になっていました。

今回のアクシデントで、ますます大切にお預かりしなければという気持ちを深くした次第です。

 

 

浄化、そして昇華

2017/10/27

今日は亡き父の命日でした。

 

 

 

母が亡くなったのは、父が亡くなって2年マイナス4日違いの23日。

たいていはどちらかの命日、それが難しい時はこの期間にできるだけお墓参りに行くことにしています。

来年は母の23回忌なので、母の命日にお参りに行かれたらな~と思います。

(母はクリスチャンだったから命日って概念はなかったんですけどね~(笑))

 

 

子どもの頃から生きづらさを抱えていたこと、そしてそれが、育ち方に起因していることは、このブログでも何度か触れてきています。

そしてそのマイナスの記憶を手放すことに半生を費やしてきたような気がします。

でも、それももう完全に終わり。

今日お墓への道中のバスの中、訳もなく突然涙があふれてきて、そのことを確信しました。

これまでの全てのマイナスの感情をすっかり浄化し、これまでわたしを縛っていた葛藤全てを一つの経験として、すっかり昇華できたようです。

 

そして少し前から感じていた不思議な感覚。

これからは今まで以上に両親を近く感じるようになるという確信がある一方で、これまでの「親と子」としての関係性はどんどん薄くなっていくだろう予感。

それは忘れてしまうとか遠くに離れてしまうということでは決してなく、「親と子」というラベルなどはもう不要になって、一人の人間として深くわたしの中に存在していくであろう感覚。

「個対個」としての関係性がより強く深くなり、永遠につながっていくような、とても清々しい感覚です。

もしかしたら両親もわたしも、この感覚の中で生きることこそが必要で、こんな関係性をずっと追い求めていたのかもしれません。

 

 

今まで素直に表現できなかった両親への愛を、そして自分自身に対する愛情を、臆することなくたっぷりと表現できる人生をスタートしようと思います。

そして、まず自分の全てを愛することが生きることの全てであるということを、頭だけの理解ではなく体感として感じることの幸せを、関わってくださる全ての方に伝えていきたいと思います。

 

 

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゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

29日(日)の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

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機能美~本来の美しさを引き出して健康に

2017/10/24

施術をしている時間というのは、仕事である反面、わたしにとっては至福のひとときでもあります。

中でも、顔の整膚をするのはとてつもなく面白くて、大好きな時間です。

 

 

顏ってほとんどの方が左右対称ではありません。

同じ頬の整膚をしても、緊張している場所も皮膚が動く方向も、左右で全く違ったりするんですね。

皮膚が導くままに整膚をしていると、どんどん違う動きが出てきて、思わぬ道のりを経てバランスが整っていく様は、それはそれは興味深いです。

そして皮膚がどんどんフワフワに柔らかくなって、触れていて本当に気持が良くなってきます。

時々、整膚しているわたし自身も意識が飛んでいたりするほどです(笑)

 

加えて、顔の整膚が面白いと思うもう一つの理由。

それは、顔に触れているだけなのに、全身に反応が表れるということ。

今日などは、唇のまわりの歪みを整えるように、皮膚の動きに添うように整膚していただけなのに、左右の股関節から足先までが面白いくらいに反応し始めました。

股関節がクルクルと内旋や外旋を繰り返したり、足首がピクピク動いたり、

顏への刺激をきっかけに、体が自ら全身の調整をしてくれます。

体って、本当に全身つながっているんですね!

そして、全ての機能をフル回転して、良くなろうとしているんですね。

すごいです。

 

 

顏には全身の反射区があると言われていますし、顔を整えることは美しさのためにはもちろんのこと、体全体のバランスや機能を整えるためにも、とても有効です。

本来持っている美しさを引き出し維持することは、体の機能を保つことにつながります。

「機能美」という言葉がありますけれど、あるべき姿に整った人間の体は機能美そのものですね。

美と健康は一致しているんですね。

 

明日からはそんな観点も加えて、鏡に映ったご自分の顔に向き合ってみませんか?

 

 

幸せ力は意志力

2017/10/18

今日は何日ぶりかの晴天でしたね晴れ

雨続きだったので、晴れている、それだけで幸せな気分になりますよね!

でも本当は、曇りでも雨でも同じ自分。

だったら幸せなことには違いないはずなんですけれど。。。

わたしたちの気分は、さように簡単に浮きもすれば沈みもするということですね汗

 

 

人間の脳ミソは素晴らしい機能が備わっていますけれど、反対にとても単純な部分もあったりします。

そしてとても怠けモノです。

放っておくと、良くないことや不安にフォーカスするようにできています。

だから、いつも、どんな時でも楽しく幸せな気分でいるためには、実は意志の力が必要になります。

 

 

楽しい時に幸せと感じるのは、とても簡単。

でも問題が起こっているときや、状況が不安定な時こそ、自分の本当の幸せ力が試されます。

マイナスに見える状況の中でも幸せな気分でいられること、いつどんな場面でも自分の軸を崩さずに幸せを感じていられることこそが、きっと本当の幸せなのでしょう。

そのためには、「いつでも幸せでいるんだ!」と自分で決め、「何モノにもジャマはさせない!」という強い気持ちが、とっても大切なんだなと実感します。

 

 

幸せはなるものではなく、感じるもの

 

これまでがどんな人生だったとしても、今がどんな状態だとしても、自分の心に正直に、自分の思い描く幸せを「今」感じて良いんです。

でもわたしには、この、「幸せと感じる」ということが、とても難しいとずっと感じていました。

今のこの不満足な状況では、どうやってもしあわせとは感じられない!

そう思い続けていました。

でもそれは、長~い時間を割いて信じてきたことを手放すことへの恐れだということが、今なら分かります。

たとえどんなに嫌だと思う状況でも、長い間そこにいたのですから、自分にとっては「居心地のよい場所」になっていたんですね。

そこから離れた方が良いことは分かっていても、その居心地の良さを手放して、全く違う考え方を受け容れることはとても怖く、抵抗があったんです。

たとえそれが、本当は自分の求めている方向だと分かっていても。

だからそこから離れる(放れる)までに、とても長い時間がかかりました。

 

 

そして、そこから離れつつある今、分かったことがありました。

居心地が良いと思っていたことも全て、長い時間の中で作り上げられた勘違い、「思いグセ」にすぎなかったんですね。

クセというのは無意識にやっていることですから、自分ではなかなか気づけません。

けれどクセと分かって、無意識から一旦意識に上げてしまえば、修正することはそれほど難しいことではありません。

ただ単に自分の本当に望むことを脳ミソに言い聞かせるというトレーニングが必要なだけです。

「あなたが本当に必要とし望んでいる幸せはこれなんだよ」と。

トレーニングですから、ちょっとした意志の力は必要になるわけです(笑)

 

 

そしてそのトレーニングの一環として、作り笑顔でも良いので、口角をキュッと上げて笑って過ごしましょう。

そして、自分や相手が良い気分になる言葉を使いましょう。

たとえ作り笑顔でも単純な脳ミソくんはすっかりだまされて、勝手に「楽しい!幸せ!」なことを探し出して導いてくれます。

そして良い言葉の持つ波動は、間違いなく自分の体や心、そして取り巻く状況を良い方向へと導いてくれます。

 

 

自分が望む人生は、自分しか生きられません。

どんなに他の人が「あなたの人生、素敵!」と思っても、その人があなたの人生を生きることはできないのです。

あなたの人生は、どこをどう探してもたった一つ。

たった一つだけの人生なんだから、せいいっぱい楽しく生きなきゃもったいないですよね。

わたしもわたしだけの人生を、しっかりと幸せに歩み続けます。

縁あってわたしと関わってくださったたくさんの人たちと一緒に。

 

 

 

自分と調和して生きる

2017/10/14

 

先日、体調が悪いと整膚を受けてくださった方がいらっしゃいました。

この仕事を始めた当初からのお付き合いです。

ここしばらくはセルフケアでメンテナンス、調子の悪い時だけ施術を受けていただくというスタイルに。

今回の施術も、そんな普段と同じような感覚でセッションを開始したのですけれど、、、

 

 

セッションを進めていくうちに、遠い昔に押し込めて蓋をして、無いことにしていた記憶があふれ出てきました。

これまでにも、施術を通して過去の記憶を思い出したり、ある時点で自分自身を諦めてしまったことに気づかれて、生き方を変えたりした方はいらっしゃいました。

この方も、これまでにも何度かそのサインは出ていたようですけれど、その都度うまくごまかして、何とかやり過ごしてこられたようです。

でも今回ばかりはやり過ごすことができなくなってしまったようなんです。

自分をごまかし続けることに限界がきたということですね。

ご本人も、諦めるしかないと、覚悟を決めて向き合われました。

 

 

体には心の葛藤や不安など、マイナスの感情が残ります。

子どもの頃に、自分を認められなかったり、大きなショックを受けるような出来事があったりすると、、、

子どもだからどう対処したらいいのか分からない、

でも、そのままでは苦しすぎる。

そこで、その時に自分でできる手っ取り早い方法で、何とか切り抜けるんですね。

 

例えば心がとても苦しかったら、感情を無いことにしてしまう。

例えば痛みが我慢できないくらい大きいものだったら、体の存在を無いことにしてしまう。

 

そうやって、その時にはベストと思われる対処法でうまく切り抜けられる体験をすると、それがマイナスの成功体験となって、その後も同じような状況で何度も繰り返すことになってしまいます。

そうやって、自分の体や感情を無視することが当たり前になって、無視していることにすら気づかなくなってしまうんですね。

 

 

それでも、やっぱりそれは本当の自分ではないので、どこかに無理が出てきます。

痛みや不調は、「もう限界、ちゃんと向き合って!」という体からのサイン。

そこに向き合うことを先延ばしすればするほど、回復する時にちょっとキツくなってしまうかもしれません。

逆に言えば、早く向き合ってあげればそれだけ、心も体も早く楽になります。

 

 

自分自身と調和して生きること。

それが本当の幸せということなのですね。

 

 

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明日、15日の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
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