整膚とリラクセンス・ボディセラピーを通して、体の手当て+心にも手当て

contact
access

ブログ

「体が怖がっている」を感じ、ただ眺める

2018/3/3

以前、「無意識~体に残る感情の記憶」と題して記事を書きました。

今日のセッションでは、お客さまご自身が鮮明にそれを体感されました。

 

 

うつ伏せで体幹部をゆるめた後、腕に軽く触れ、反応を見ていた時のことでした。

皮膚は明らかに内旋する方向へとわたしの手を導いてくれるのに、それを打ち消すような別の動きが出てきます。

この動きこそが、以前ブログにも書いたように、無意識にゆるむことにブレーキをかけてしまう動きです。

 

 

この方はこれまでにも、こういった動きが出ていたのですけれど、これまではその無意識の打ち消す動きの力の方が圧倒していたので、その動きに寄り添っていました。

けれど今日は今までとはちょっと違うと感じがしたので、体に新たな提案をしてみました。

それは打ち消す動きを無理に制するでもなく、でもそこに従うのでもなく、その動きがやむのを待ちながら、皮膚の動きに寄り添っていくこと。

打ち消されては待ち、皮膚の動きに寄り添い、また打ち消す動きが出てきては待ち、、、

そんなことを繰り返しているうちに、少しずつ打ち消す動きが少なくなくなり、その力も弱くなってきました。

すると、今まで出なかったような、肩関節からググッと腕を引き下げるような動きも表れ始めたのでした。

 

 

仰向けに戻ってもらいながら、その動きについてご本人がどんな感覚だったかをたずねると、「うん、違いは分かりました」とのお応え。

「体がそう動きたいんだということは分かったし、それが気持ち悪いとか嫌だということではなかったんですけど・・・
『え?まだそっちに行くんだ!』と思ったら、なんだか少し怖くなっちゃって・・・
それでそんな動きが出たみたいです」

そんな風に感じたことを伝えてくださいました。

 

 

そして続けてこんなことも。。。

「でも以前、『こうしなきゃ!と思わなくて良い』と言ってくださっていたから、『あぁ、今はまだ怖いんだな、そう動きたいんだなぁ』と、ただ眺めるようにしていました」

 

 

長いこと辛い状態が続いていると、体はその状態でうまくバランスを保ってきているので、ゆるむことでそのバランスが崩れることへの恐怖感が無意識のうちに体に残ってしまうことがあること、

それとともに、長年の自分の体への「これくらいしか動かない」という認識がなかなか抜けず、無意識に体の動きを制限してしまう場合もあるということ、

でも、そう言ったことが起こるのは、体の奥、芯の緊張が抜けてきた証拠だということ、

 

そんなことを以前にも何度かお伝えしていたので、今回のセッションでそれが明らかな体感として自覚できたようでした。

そして素晴らしいなと思ったことは、そんな今の自分の体の状態を、善悪の判断をすることなく、ただ「あぁ、そうなのか」と眺めていられたこと。

今の状態が途中経過にすぎないということを、しっかりと体で理解されているのですね。

 

 

自分の体の動きの違いをこれだけ鮮明に、頭だけでなく体でも理解されていれば、自然とブレーキを外せる日も、そう遠くはないはずです。

ご本人にそうお伝えすると、「楽しみです♪」と顔をほころばせてくださいました(#^.^#)

 

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

明日4日の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 

だれでもいつも、お陰さま

2018/3/1

開業当初から通ってくださっている方。

20年以上ガチガチに緊張してロボットのような動きだった体。

ここへきて奥深くに寝強く残っていた緊張が、加速度的にゆるんできています。

長いこと緊張とうまく折り合って暮らしていたので、体の方もそれを手放すことが怖かったようで、ある程度浅い緊張が抜けてから、ちょっとペースを落としていましたけれど、

緊張に頼らなくても大丈夫なのだと、頭だけでなく体の方でも理解してくれたようです。

腑に落ちるとは、まさに体で理解すること。

そうなると、ブレーキを踏むことがなくなるので、気持ちよくゆるんでいく感覚をどんどん体感していただけます。

 

 

こうして長年にわたる辛い思いを少しずつ手放していく姿を目の当たりにできることは、とてもうれしいことですが、

そんな幸せな気持ちを味わいながら、ふと気づいたことがありました。

 

 

こうして素敵な仕事をさせていただいているけれど、そもそも整膚やリラクセンスを生み出してくださった偉大な先生方の存在無くしては、今こうしてこの仕事をすることはなかったんですよね。

そして、整膚をわたしに紹介してくださった先生がいらっしゃらなかったら、やはり整膚と出合うことはなかったかもしれません。

 

 

そして通ってくださっているお客さまの中には、友人や他のお客さまからのご紹介で来てくださった方もいらっしゃるわけで。。。

その方々の存在が無かったら、やはり今のお客さま方へ施術をさせていただくこともなかったんですよね。

 

 

実際に施術をしている場では、わたしとお客さまの二人きりですけれど、そこには何人もの、いえ、もしかしたら目に見えないけれど何十人にも及ぶ人たちが関わり、つないでくださった瞬間とも言えます。

そしてそれはもちろん施術の場面だけではなく、日常のあらゆる場面にも当てはまること。

生きているどの瞬間も、友人知人はもちろんのこと、名前すら知らないたくさんの人たちが関わり、創り上げてくれているのだということに気づきます。

だれもが、いつの時も、お陰さまで生きているんですね。

 

 

お陰さまの人生、できるだけたくさんの恩送りをしていきたいです。

 

 

「やった感」が無いくらいがちょうど良い

2018/2/26

昨日はリラクセンスの講習に行ってきました。

シンプルだからこそ、気をつけていないと我流になってしまいがちなので、こうして折に触れ基本に変える時間を持つことはとても大切。

そしてこの場に来るといつも、相手の体に寄り添うとはどういうことなのかを思い出させていもらえます。

 

 

 

昨日練習したのは基礎の基礎、「表面からのゆるみ」と「奥からのゆるみ」の復習。

同じ「ゆるめる」といっても、表面から遠くからではゆるみの質と深さが違います。

皮膚に置く手の圧、動かす幅、リズム、角度

全て相手の体の状態に合わせて行います。

と、書くのは簡単だし、頭では十分に理解していることなのですけれど、体はそのように反応してくれないことばかりで、ついつい自分のリズムになってしまっていることに気づきます汗①

 

 

自分では「よし、この手応えだな!」と感じていても、相手の方にとっては強すぎるということも多々あります。

反対に、相手の方が「あ、それそれ、すごくいい感じ!」と言ってくださったときというのは、わたしの感覚では「こんなので良いの?」という感じだったり。。。

「やっている感」が全くないくらいの時の方が、むしろ相手の方にとっては、自分のリズムに寄り添ってもらえていると感じられる。

この、相手が「気持ち良い」、「寄り添ってもらえている」と感じている時の、自分の「やっていない感」とのギャップをいかに埋められるか。

何度も何度も繰り返して、自分の体に染み込ませていかなきゃ!と思うのでした。

 

 

 

自分が相手のためにと思うことが、常に相手にとって心地よいとは限らない。

むしろ、相手のためにと思い過ぎることで、かえってやり過ぎてしまい、相手に重く感じさせてしまうことは、日常の人間関係でもよくありますよね汗

相手のことを100%理解することは誰もできません。

だからこそ、相手が本当に望んでいることは何だろう?と、心と体全部で感じようと努力し、相手の求める距離感で寄り添おうと思うことこそが、とても大切なのですね。

そんなことを思った昨日一日でした。

 

 

 

そして、一夜明けて今日、もう一つ思ったことがありました。

相手のためにと思いがんばってやっていることが、必ずしも良いとは限らない。

これは自分自身と向き合い、自分自身を相手にした時の姿勢についても言えることなのではないかな?と。

もっともっとがんばらなきゃ!

もっともっとがんばれるはず!

そうやっていつも自分を高めようとがんばっているけれど、もしかしたら、もう少し力を抜いてやった方が、もっと「やっている」感ないくらいでいた方が、より心地いい自分でいられて、望む結果が得られることもあるのかもしれないな・・・と。

その方が結果的に、ずっと深く自分に寄り添えることもあるんじゃないかな・・・と。

 

 

 

体と真摯に向き合うことは、いつもたくさんの大切なことに気づかせてくれ、真理を教えてくれます。

 

 

 

あの感動や喜びを忘れかけていました💦

2018/2/24

今日は開業当初から途切れることなく通ってくださっている方のセッションでした。

もう7年。

その間変わることなくずっと通い続けてくださっているということを改めて思うと、胸の奥がじんわりとしてきます。

淡々と日々を重ねている方の、一旦信じたものを信じぬく強さに触れさせていただいて、自分にはないその真摯な姿勢に、少しでも近づきたい、お応えしたいと思うのでした。

 

 

セッション後にお茶を飲みながら、その方が整膚と出合う前に受けていた施術のことについてお話ししてくださいました。

それは力を使った施術だったので、{「あ、来る、来る、来る~!って、触られる前から身構えちゃって、今思うと全然楽になってなかったのよね~」と。

でも、以前はそんな感じの施術が当たり前だったし、選択肢はなかったから仕方ありませんよね。

「だから整膚を初めて受けて、すごく気持ち良くて、失礼な話だけどグーグー寝ちゃってね。でも本当に良いものに出合えたと思っているの。」

そんなことを振り返って語ってくださいました。

 

 

この方の中では整膚に出合った時の喜びが、今も新鮮なまま残っているんだということを感じて、とてもうれしく思うのと同時に、

わたし自身はどうだろう?と振り返ってみると、あの頃の驚きや感動やキラキラした喜びが薄くなっていることに、はたと気づいてしまいました汗①

いつの間にか整膚やリラクセンスの素晴らしさも当たり前のものになってしまっていて、もちろんそれは技術が身に付いてきた証でもあると思うので、100%マイナスばかりではないけれど、

それでも当初のあれほどの感動が薄れてしまっているというのは、とても残念で悲しいこと。

でも気づくことができた今、あの頃のキラキラした喜びや感動を、もう一度取り戻していこう!

そう思えるきっかけをいただきました。

 

 

 

キラキラとか感動とか、心からの驚きや喜びっていうのは、いつも持っていたいものですね!

そして本当に大切なことは、いつも人から教えてもらえる。

本当にありがたいことですね。

 

 

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

明日25日の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 

もっとささやかな声にも応えたい

2018/2/23

数日前まで比較的暖かい日が続いていたのに、昨日・今日と、寒の戻りのような冷え込みですね。

それでも春の気配はそこここに・・・

 

近所のミツマタはずいぶん黄色い花が開いています。

 

 

 

大好きな白い沈丁花。

こちらは開花までにはもう少し日を待たなければいけない様子。

待ち遠しい♪

 

 

気温差が大きいのはこの時期には当たり前のこととはいえ、今年は特に変化が大きく感じます。

まずはしっかりと睡眠をとって、足元首元を温かくして、できるだけ体を動かして、元気に乗り切りましょう!

 

 

 

このところ、これまで以上に自分のキャパを広げなさい!と言われているようなことがあり、自分の内側と対話する機会が多くなっていました。

それはちょっとだけ苦しくもありますけれど、自分の未熟さを知る良い機会になったことは確かで、

もっと自分を成長させたい!という励みになったような気がします。

 

以前は現状の未熟な自分を知ることがとても怖かったけれど、知って初めて前に進むことができるのだということを理解できるようになってからは、嫌々ながらも(笑)受け止められるようになりました。

「我」を破って初めて、「自我」を確立できるものなのかな、と思います。

 

 

 

そんな風にして、少しだけですけど「我」を手放すことができると、それはセッションにも必ずや反映されるもので、

それまでよりも少しだけ、相手の方の体のささやかな声が聴こえるようになってきます。

少しずつでも小さな声に耳を傾けることができるようになってくれば、それだけ早く楽になっていただけるという結果につながります。

ほんのわずかな体の声を感じ取れたとき、それに応えることができたとき、そして体がそれまでより一段深いレベルで緩んでいるという実感を持っていただけたとき、

それは本当に嬉しい瞬間です。

 

 

でもそれはセッションの時だけ気をつけていればそれで良いかというと、それは無理な話で、

いくら相手の体の声に従おうと頭では思っていても、日ごろの自分の不要な決めつけやこだわりがあると、どうしても体が自分の決めつけた方向へと反応してしまいます汗①

だから日々の生活の中でも常に自分の我を手放していく努力を重ねていることが必要になってくるんですよね。

目に見えないとても地味な作業ではありますけれど、セラピストとして当然すべき努力だと思いますし、とてもとても大切なこと。

そしてそうやって我を手放していくことが、結果的に楽に生きることにつながるのだな~ということも実感しています。

 

 

 

最期の時まで心がいつも喜んで、体も楽に毎日を送ることができるのは、人間の共通の願いだと思います。

そのためには、要らないプライドやこだわりや決めつけは、潔く手放してしまいたいものですね。

そのために少しでもお役に立てれば、とても幸せです、

 

 

 

「いつもご機嫌な体」でいよう!

2018/2/19

もう何年も前のことですけれど、こんな言葉に出会ったことがありました。

真顔が笑顔

普通にしている顔が笑顔って素敵だな~と思い、それ以来「真顔が笑顔」を心のどこかで意識するようになりました。

その頃は今よりももっと迷いの中にいたこともあり、いつも心が晴れずにいるような、うつうつとした日を過ごすことも多かったものですけれど、

そうやって意識していると、心までが笑顔になっていくようで、これまでになく心が明るくなっていくように感じました。

 

 

けれど整膚を学び、この仕事を始め、リラクセンスを学んでいく道のりで、体への意識を深め、心と体がどれほど一体であるかを体感していくうちに、

体のどこかが解放できていないこと、胸や下腹部がギュッと詰まっているような感覚があることに気づき、どうしたらそれをすっかりほどけるか試行錯誤するようになりました。

 

 

そうして行き着いた答えは、「お腹も胸も全て開ききって、体中の皮膚をゆるめて、体全部で笑える」こと。

気持ちも体も、何の緊張も憂いもなく、自分という存在全部で笑うことができたら、どんなに気持が良いだろう!

そう思い立ってから、その感覚を想像しながら、自分丸ごとを緩めることを日常の中で続けてきました。

すると、それまでとは全く違う深いレベルから自分が楽になっていくことに気づいたんですね。

 

 

 

心や感情や気持ちで「笑えている」と思っていても、時には「体は笑えていない」ということもあるんです。

「笑えていれば良いんじゃないの?」と問われれば、それはそれで良いと答えるしかありませんけれど、、、

ただ、わたしが長年かけて自分を解きほぐしてきた過程で経験したことをお伝えできるなら、

「笑える体」であるかないかということは、自分自身をどれだけ豊かに生きることができるか?という点において、とても大きな要素になるのではないかと感じます。

決して目に見えないものではあるけれど、より自分に自信を持ち、毎日を楽しく色彩豊かなものに導いてくれています。

それほど、体がすっか緩みり楽になって「いつもご機嫌な体」でいることは、幸せには欠かせない要素だと思っています。

そして、訪れて下さる方がいつでも笑えるご機嫌な体でいられるように、わたしができることを続けていきたいと思います。

 

 

 

この記事を読んでくださっている皆さまも、ぜひ一度、「いつでも笑う準備OK!なご機嫌な体って、一体どんな感覚なんだろう?」と、ご自身で感じようと意識してみてください。

すぐにそれが体感できなくても、たとえ言葉で説明できるようなものではなくても、意識し始めた瞬間から、体は「いつもご機嫌な体」でいようと、無意識のうちに動き始めるものですから。

 

 

 

生きることは 愛すること

2018/2/17

 

 

 

 

 

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

明日18日(日)の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

ワンコとゆらゆら リラクセンス

2018/2/11

今日の仕事の前に、珍しくあんこが徘徊もせず、眠ってもいず、ぼんやりちょこんと座っていたので・・・

「あんこ、おいで~」と抱っこして、二人でゆらゆらと揺れていました。

 

 

 

最初は頭とお尻を順番に上下するようにゆらゆら、ゆらゆら

しばらくすると、ちょっと回転するような動きになって、そのままゆらゆら

しばらくすると、またまた方向が変わって、そのままゆらゆら

 

 

変えようとしてもいないのに、動きの方向が勝手に変わっていきます。

 

 

右後ろと左前方向に斜めにゆらゆらしたり

かと思ったら反対に、左後ろと右前方向にゆらゆらしたり

前と後ろにゆらゆらしたり

 

 

自然と起こる動きについていくように、ただ流れに任せてゆらゆら、ゆらゆら・・・

気持ちも体も、とろけてまどろんでいくような感覚。

 

 

 

そうしていること、ほんの10分ほどだったでしょうか?

気づけばあんこはすっかりと緊張がほどけて、頭も体もだらりとしています。

そしてわたしも、座った時には腰に力が入っていたのに、すっかりと緩んでいました。

 

 

 

何も考えず、ただあんこを抱いたまま、ただ気持ち良く体の動きに導かれるままにゆらゆら、ゆらゆら。

飼い主とワンコにとっては、この上ない極上のひとときです。

飼い主の皆さま、ぜひワンコと一緒にゆらゆら、ゆらゆら、幸せなひと時を過ごしてくださいね♡

 

 

 

 

being~「どんな自分でいたいか?」さえ決まれば

2018/2/10

今年の初めのブログ「新年によせて~在り方・生き方・死に方」の中で、こんなことを書きました。

 

 

* * * * * * * * * *

きっとこれからの時代は、「自分はどうありたいのか?」ということが、とても大切になってくるのかなと感じます。

どんな仕事をしているとか、どんな家族がいるのかとか、どこに住んでいるのかとかとか、、、外側の物質的なものを全てそぎ落として、何もない一人の人間として、

自分は一体どのような人間でいたいのか?
この世とお別れするときに、どのような心持でいたいのか?

そこをしっかりと見据えると、そのためには今どのような在り方でいれば良いのか?が見えてきます。

そして、そこがしっかりとしていれば、どんな問題が起こっても、最終的にどのような選択をしてどのような行動をとれば良いのかが見えてきます。

「在り方」と「生き方」と「死に方」は、全て同一線上にあります。

 

そしてその「どう在りたいか」という指針として、体の感覚を大事にすると、間違いがないのだなということも、昨年一年で実体験を通して体で理解したことでした。

* * * * * * * * * *

 

 

今年になってから、いろいろな方から、

ご自身の葛藤のこと、
抜け出そうとしてなかなか抜け出せない苦しみにいること、
近しい人と自分との間の関係性のこと、などなど、

さまざまなご相談というか、お話しをうかがうことがとても多くなっています。

 

今年の初めにわたしが感じたように、たくさんの方々が浄化の最終段階を迎えていて、だからこそ苦しみの内容が核心に迫るような深く、大きなものとなっているのだと感じます。

苦しみが大きいのはとてもつらく苦しいことだけど、だからこそ大きく脱皮するチャンスでもあるんですね。

だから絶対大丈夫!

そんなことをお伝えしています。

 

 

特に人間関係の悩みや、苦境に立った時にどんな行動をとるべきか?といったようなとき、わたしはある言葉を心に置くようにしています。

doing より being

 

この言葉を教えてくださったのはこの方

「何をやるべきか?」よりも大切なのは「どう在りたいか?」

「どう在りたいか?」が決まれば、自ずと「何をやるべきか?」が見えてくる。

この言葉を知ってから考え方の軸が変わり、選択肢に迷った時、自分がどう行動すべきか迷った時、すぐに決断できるようになりました。

 

 

 

リラクセンスでもとても大切にしている「在り方」。

その在り方さえ決まれば、自分のとるべき行動が決まってきます。

そこから周囲にどんな反応が起こるのかが決まってきます。

そして、その結果としてどんな循環が起こるのかも決まってきます。

全てのスタートは「どんな自分でありたいか?」です。

自分にとって真に心地いい「居場所」を知るために、しっかりと自分自身の心や体と対話してくださいね。

 

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

明日11日(日)の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 

 

「嬉しい!」も「苦しい!」も 途中経過にすぎない

2018/2/7

日々のセッションを通して、お客さまの体からは本当に教わることばかりです。

自分の狭い視野の中だけで判断すると「これは良くない!」と思いこんでしまいがちな状態も、その時のその人にとってはとても必要なことだったりする場合もあります。

緊張をすべて悪者にして排除しようとしてしまうと、その緊張があるから今の状態を保てている場合などは、その体にとっては支えを無くして立てなくなってしまいそうな恐怖を覚えたりするものです。

改善への道のりの途中では、そのようなことはよく起こります。

そんな時に、わたしの狭い考え方の中で、「いや、ダメでしょう!さっさと緩めないと!」と躍起になって、相手の体の声を無視してしまうと、相手は恐怖からさらに体を硬くして、かえって緊張を強めてしまうことにもなりかねません。

では、そんな時はどうすれば良いのでしょう?

 

 

できることはただ一つ。

「待つ」

 

わたしの独りよがりな考えを一旦捨てて、相手の体にしっかりと寄り添って、今どうしたいのか?という体の想いを手で感じ取る。

そして緊張を手放せるようになるまで待つだけです。

 

 

こう言うと、待つだけで本当に緩むの?と思われると思いますけれど、、、

大切なことは、体はいつもどんな時も、自ら良くなろうとする力を持っているのだということ。

そしてわたしたちセラピストに必要なことは、そのことを100%信じ切ること。

改善への近道は体が一番よく知っていると信じ切って、積極的に待つ。

それだけです。

それだけですが、やがて体はベストのタイミングで、するりと緊張をほどき、伸びやかさを取り戻していくものなんです。

 

 

 

大切なのは、緊張していたりバランスを崩しているなど、マイナス要素に気づいたときに、それをどうとらえるのか?ということなんです。

その状態が諸悪の根源のような気持ちになって、暗くなってしまうことはよくありますけれど、(わたしもそんな風に感じてしまうことがよくあります汗

確かに今の状態はこれまで続けてきた生活の結果であることは確かですけれど、一方で、これから先の生活や人生を見たときには、単なる途中経過にすぎないのだということに気づくこともできますね。

途中経過なのだから、あまりうろたえる必要はなくて、ただ適切に対処すればいいだけのこと。

つまり、今の状態を「悪い」と見るのか「大したことじゃない」と見るのか「良い」と見るのか、

どんなラベルを貼るのかは、その人自身の選択だということですね。

 

 

そしてもう一つ、

ちょっと見方を変えてみると、今の自分の体にはその緊張やバランスが必要なのだ、とも言えるのですよね。

だから体だけでなく、そのマイナスのバランスが必要となってしまったのはなぜなんだろう?と考えることも、抜け出す手助けになるのではないでしょうか?

 

 

 

今この瞬間に起こっていることは、全て途中経過にすぎない。

嬉しいことも
楽しいことも
苦しいことも
辛いことも
悲しいことも
幸せなことも

全ては人生の途中のほんのひと時に起こっていることに過ぎません。

 

精一杯喜んで
精一杯楽しんで
精一杯苦しんで
精一杯泣いて
精一杯感謝して

自分の心と体と真正面から向き合って、その瞬間を充分に味わって、手放して、また次の瞬間を充分に味わって、手放して、、、

そんな風に自分という命を十二分に味わい尽くして生きられたら・・・!キラキラ

そんな生き方を目指す方々のお手伝いをさせていただくことが、わたしの仕事であり喜び。

そしてわたし自身もそんな生き方を目指していきたいと思います。