整膚とリラクセンス・ボディセラピーを通して、体の手当て+心にも手当て

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『ゆるめずゆるむ?!を身につける』ワークショップ開催

2017/4/19

毎月第2水曜日に、鎌倉のリラクゼーション施設hammamさんで開催している、リラクセンスのワークショップ。

タイトルを『ゆるめずゆるむ?!を身につけよう!』に変えて、次回は5月10日に開催いたします。

 

 

次回のテーマは「脚」

 

余談ですが、「足」ではなく「脚」です。

この違い、ご存知ですか?

「足」は足首から先、「脚」は足首から股関節までの、太腿やふくらはぎなどの総称です。

普通はこんな使い分けは必要ないですけどね~(笑)

 

この仕事を始めてから、「人の脚って、けっこうねじれているものなんだな~」ということを知りました。

どういうことかというと、

太腿は外側を向いている(外旋と言います)のに、膝から下は内側を向いている(内旋と言います)とか、

もっと複雑になると、太腿は内側、膝から足首は外側、足首から先(足)はまた内側に、、、という方もいらっしゃいます。

考えただけでも痛そう、辛そうに思えますし、実際に辛さを訴える方も多いですけれど(だからセッションを受けてくださるのですが)、

一方で、このような状態になっているにもかかわらず、それほどの痛みや辛さを感じていらっしゃらない方も少なくありません。

このような状態が長年続いていると慣れてしまう、というのが一番の理由です。

 

こういうお話をすると、「痛くも辛くもないなら、それでいいんじゃない?」とおっしゃる方もいらっしゃいます。

今はそれでも構わないのでしょうけれど、そのような無理な体の使い方を放置しているツケは、60代後半や70代、80代になってから、もっとひどくなってから出てきてしまうものなんですね。

そして、その年齢になってからどうにかしようと思っても、残念ながら今よりも改善に時間がかかってしまいます💦

早いに越したことはないんですね。

 

と、、、

ほとんどの方はそこまでねじれているということはないですけれど、軽いねじれを起こしている方は、おそらく皆さんが想像しているよりも多いと思います。

普段の生活の中でも何気ない仕草や体の使い方のクセ。

1回1回は軽い負荷ではあっても、毎日繰り返すことで知らず知らずのうちに大きな負荷になり、その部分の緊張もどんどん強くなってしまいます。

緊張して引っ張られた皮膚や筋肉によって、骨格まで崩れてしまう、、、これがバランスを崩すメカニズムです。

ですから早い階で緊張をゆるめてあげることで、すぐに緊張がほどけ、自分でバランスをとることのできるしなやかな体に戻れるのです。

 

このワークショップでは、お互いにゆるゆるし合うことで、どこがどんな風に緊張しているのかを見つけ、芯から緊張を抜く方法をお伝えいたします。

相手の体の反応を感じることで、自分の体に対する意識も深まり、セルフケアの質が上がります。

芯から緩むとはどういうことか、そのためにはどんな視点が必要なのかを体感していただき、ワークを繰り返すことでしっかりと身につけていただきたいと願っています。

真のケアは一生ものです。

ぜひ一度体験してみてくださいね!

 

 

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毎月第2水曜日開催・連続ワークショップ 
『リラクセンスでゆるめずゆるむ?!を身につけよう!』
日時:5月10日(水) 10:00~11:30
場所:鎌倉御成通り HAMMAM
参加費:3,000円

★次回は『疲れた脚をゆるめよう!』をテーマに行います。
★動きやすい服装でご参加ください(スカート不可)
★お問い合わせ・お申込みはHAMMAMさんへお願いいたします。 
  (tel: 0467-24-8660)

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相手を尊重するということ

2017/4/13

 

昨日はHAMMAMさんでのワークショップ。

お申込みが1名だったのですけれど、ご本人に確認したところ、一人でも受けたい!と言ってくださり、マンツーマンで開催いたしました。

ありがたかったです!(*’▽’)

 

大勢でのワークショップと違って何か注意点などあるかしら?と思い、協会の先生にアドバイスをお願いしたところ、大勢でも一人でも、伝えることは同じなので、特別なことは何もないと。

むしろ直接じっくりと向き合えるので、しっかり感じていただけると思いますよとの言葉。

何人が相手でもお伝えする基本は同じ、こちらが何をしてやろうとするわけではなく、ただご参加くださった方それぞれに感じとっていただくだけのこと。

どのように感じ、どのようにご自身の中に採り入れるかは、その時々、一人ひとりがちゃんと知っている。

リラクセンスの基本、「相手が求めるもの、答えはその人の中にある」です。

 

昨日ご参加くださった方は、何度かリラクセンスを受けてくださっているので、力を使わない施術だということはご存知ですし、気持ちよさや、施術後の体が伸びやかに動くようになる感覚は、既によくご理解くださっているのですけれど、

昨日はいつもと違って、反対側、ゆるめる側に回っての体験もすることによって、リラクセンスというセッションの概念を、それまでよりも少し深く体でご理解いただけたようでした。

 

「やってあげようとしない」ことで、むしろ深くゆるんでもらうことができる。

力を入れると自分の緊張が全て相手に伝わってしまい、結果的に相手をもっと緊張させてしまう。

やっている自分の緊張もほどけていく。

 

自分が相手に触れることによって、これがどんな感覚なのかを体験してくださって、これまで受ける側にいただけでは気づかなかったことがたくさんあったとおっしゃっていました。

そして、「『帰ったらやってあげるね~』ってだんなに言ってきたんです~」とおっしゃるので、「口では『やってあげるね』でも、やってあげようとしないでくださいね!」という、ワークショップを体験していない人にはなんのこっちゃ?なアドバイスを差し上げたのでした(笑)

 

 

リラクセンスで大事なことは、”やってあげようとしない”こと。

これ、普段の生活のなかで考えると分かると思うのですけれど、相手にとって「良かれ」と思ってやったことでも、実は相手からしてみれば大きなお世話だった~!なんて残念なこと、結構あるのではないでしょうか?

(わたしは何度もあります💦)

また逆に、相手からの「やってあげるね」という気持ちがあまりにも伝わり過ぎてきて、ちょっと押しつけがましくさえ感じてしまって、それが申し訳なくて、、、なんていう経験をされたことのある方も少なくないのでは?と想像します。

どんなに自分では「相手のために」と思っていても、振り返ってみれば相手の気持ちを考えることをあまりせず、ただ自分の「やってあげたい」気持ちを押し付けていただけだった、、、

そんな苦い経験は、あまり繰り返したくはないなと思います(T_T)

 

大事なのは、”今、相手は何を望み、何を望んでいないのか?”に想いを馳せる視点を持つこと。

その視点さえ持てていれば、例え結果的に”大きなお世話だったかも~”となってしまった場合でも、きっと自分の立場に立って考えてくれたということは、必ず相手に伝わるものだと思います。

その時点で、押し付けではなくなっているものなのでしょう。

 

そしてその視点を持つためには、自分自身が自分に対して、”何が望みなの?”と問いかけ、自分の本当の想いをしっかりと受け止め、尊重する姿勢が欠かせないのだと思います。

本当の意味で自分自身を尊重できない人に、他を尊重することはできないと思うから。

 

かく言うわたしも、いつも後悔ばかりです~(;^ω^)

日々是精進、ですね!

 

 

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毎月第2水曜日開催・連続ワークショップ 
『リラクセンスで楽チンゆるゆるを身につけよう!』
日時:5月10日(水) 10:00~11:30
場所:鎌倉御成通り HAMMAM
参加費:3,000円

★動きやすい服装でご参加ください(スカート不可)
★お問い合わせ・お申込みはHAMMAMさんへお願いいたします。 
  (tel: 0467-24-8660)

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生と死を想う

2017/4/8

ちょうど2週間前に、大切な友人の大切なお母さまが急逝されました。

いつも朗らかにお声をかけてくださる方でしたし、本当にお元気だったので、友人から知らせを受けたときも、「え?何のこと?」という感覚でした。

それは友人も同じことで、しばらくは実感がわかなかったと聞きました。

それでも、一卵性母娘と言えるような関係だったので、しばらくは立ち直れないのでは?ジワジワと悲しみが押し寄せてくるのではないか?と心配されていましたが、

先日、友人の口からこんな言葉を聴くことができて、とても心が温まりました。

「そりゃ悲しいし泣いてばっかりだけど、悲しいだけの涙じゃないんだよね。『ママ、本当にありがとうね』って心から思えるし、すごくあったかいんだよね」

 

何の前触れもなく訪れた突然の別れ。

大きな悲しみの中でもそんな風に思えるのは、きっとこれまでにお母さまと積み上げた時間が本当に幸せに満ちたものだったからなはず。

そりゃ母娘だからケンカもしたでしょう。

でも、ケンカもお互いに甘え合える信頼があってこそ、それも幸せの一部なのだと思います。

こんなに素晴らしいお別れの時に、少しでも触れさせてもらえたことに、わたしもただただありがたく、胸の中に温かい贈りものをいただいたような気がしています。

 

 

友人のお母様とのお別れをきっかけに、わたし自身も”生”と”死”ということについて考えた日々でもありました。

 

わたしが最初に身近な人との死を経験したのは、親戚のおばあちゃまが亡くなった時、確か小学校5年生か6年生のことでした。

でも正直、その時は”死”というものにあまり実感はなかったです。

それから高校の時に、中学時代のクラスメートが二人事故死したという経験もしましたけれど、それほど仲が良かったわけではなく、卒業以来まったく会っていなかったので、これもあまり実感はありませんでした。

わたしが強烈に”死”というものを私事として実感したのは、大学4年の春に経験した、高校時代の友人の突然の死でした。

あの頃はただただ悲しくて、悔しくて、そしてご両親がお気の毒で、

”死”というものは何と残酷なのだろうと、絶望的な気持ちだったことを覚えています。

 

それから22年前に父を亡くし、20年前に母を亡くした時。

”死”に対する感覚は、21歳の時のものとはちょっと変わっていました。

友人を亡くしたときよりも大きいような気もするし、一方で、あの時ほどの絶望感のようなものはなかったような気がします。

それはきっと、友人よりも身近な存在を亡くしたという意味では、当たり前にいた存在が亡くなった悲しさや空虚感は大きかったのだと思いますし、

一方では、自分より年上の両親が亡くなったことは。、順番としては当然と言えば当然のことと受け止めていたのかもしれません。

 

それから20年ほど経ち、その間、叔母や友人、お客さまなど、親しくしていた人たちを何人も見送っているうちに、”死”というものへのとらえ方が少しずつ変化していることに気づきました。

 

生きている以上、いつかは迎えなければならない”死”。
生きている以上、どんなにあがいても避けられないお別れです。

”死”がはるか先にあって、頭では分かっていても、どこかで、自分が死ぬなんてことを実感などできなかった20代のころと比べ、生まれたときよりも確実に”死”の方に近づいている今では、”死”が遠いものではなくなっているからなのでしょう。

「待っててね、もう少ししたら行くからね」

そんなことを思うようになりました。

 

 

父が逝って、母が逝って、きっともう何年も経たないうちにあんこが逝って、、、

そうやって先に逝く人を見送って、いつしかわたしもあちらに逝った時、両親やあんこを知る人がいなくなった時のことを考えたことがありました。

自分が愛した人たちが存在していたことすら知る人がいなくなってしまうことは、その人たちの存在そのものがゼロになってしまうようで、ある意味、本人がなくなった時以上に寂しく切ない感覚を覚えますけれど、

それでもこの地球は変わらずに存在しているのだな・・・という事実に、何だか言い知れぬ感動を覚えました。

人も動物も虫も、植物も木も、あらゆる生き物が生まれては死に、生まれては死にを繰り返し、その逐一を地球は見守っているのですね。

 

 

今この瞬間に、ここに生きているということの奇跡、

今ここで、目の前にいる人たちと巡り会わせていただいた奇跡、

それらの奇跡を思う時、

そのありがたさを味わい尽くすために、今、ここで大切にすべきことは、数字を追いかけることに心を奪われてしまうことではなく、一時の成果を上げることに心をなくしてしまうことでもなく、

ただその人に「一緒にいてくれてありがとう」ということを、言葉で、行動で、しっかりと伝えることなのではないかなと思います。

 

 

ツルコザクラのシンクロ

2017/4/7

3年前?4年前?に、たくさんの方にお裾分けしたツルコザクラの種。

今年も何人かの方から開花のお便りをいただきました。

 

 

 

 

 

 

わたしは昨年は種をまく時期を逃してしまい、蒔けずじまいだったので、こんな風に「咲きました~!」のお便りをいただけると、本当にうれしいです。

そして何人かの方からは、「うちにも分けて!」を言われて、さらにお隣やご近所の方にも種が渡っているというご報告をいただいて、

何だか幸せが広がっていくようで、うれしくなります♪

 

・・・と、ここまで書いたタイミングである方からメッセージが届いたので見てみたら、なんとツルコザクラの話!

シンクロ!!

神さまは一体どんなメッセージをくださったのかしら?

なんて考えていたら、書こうと思っていたことをすっかり忘れてしまいました(笑)

ま、いっか(*´ω`*)

 

 

人って一番苦しいときに、この上なく貴重な学びをするものですね。

だから、どんなに苦しくても決して腐らず、泣いても地団太踏んでも良いから前を向いていることって、とっても大事だなと思います。

だって、生きているんですものね。

どう過ごしても時間はどんどん過ぎていく。

それなら、できるだけ多くの時間を笑って過ごしたいなと思います(#^.^#)

 

 

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毎月第2水曜日開催・連続ワークショップ
『リラクセンスで楽チンゆるゆるを身につけよう!』
日時:4月12日(水) 10:00~11:30
場所:鎌倉御成通り HAMMAM
参加費:3,000円

次回は「背中がゆるむってどんな感じ?」をテーマに開催いたします。
★動きやすい服装でご参加ください(スカート不可)
★お問い合わせ・お申込みはHAMMAMさんへお願いいたします。
(tel: 0467-24-8660)

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ホ・オポノポノ

2017/4/3

先日、図書館でふと目に留まった1冊。

 

 

 

ホ・オポノポノという言葉はこれまでにも何回も聞いたことがあって、ハワイに伝わってきた考え方だということはきいたことがありましたけれど、深いことは全く知りませんでした。

今回、目に付いたときに「あ、読んでみよう」と思ったのは、タイミングだったのかもしれません。

 

わたしはこの1冊しかまだ読んだことがありませんし、ほんの2日ほど前に手にしたばかりなので、詳しいことを語ることなど到底できないので、ご興味がある方はぜひ調べてみてください。

ただ、わたしがとても納得できたのは、「すべての物事は100%自分の責任である」という、ホ・オポノポノの基本となる考え方。

全ての人は潜在意識でつながっていて、そこに積み重ねられた膨大な情報を共有している。

だから、全ての人が全ての出来事の責任を負っている、

そして全ての物事が自分の責任であるということは、どんなに困難なように見える問題も自分で解決することが可能なのだ、ということなんですね。

そして問題を解決するために必要なことは、潜在意識に書き込まれた膨大な情報の中で、問題の原因となっている情報を、一旦「空」にすること。
(ホ・オポノポノではクリーニングと呼ばれています)

仏教でも、「全てのものは皆空である」といわれていますけれど、まさにその「空」の状態にすることがとても大切なのだ、と書かれています。

 

初めて触れる方には、雲をつかむような話だと思われそうですけれど、今のわたしにはとても響くものがありました。

そして、セッションを行なうにあたっても、とても助けになるとも感じます。

これから少しずつ実践して、自分自身の意識を明瞭にし、どんな変化が訪れるのか、しっかり感じ取りたいと思います。

 

 

キレイでいるって、最高の癒しだと思う

2017/4/2

女性って、どんなに子どもでも、どんなに年を重ねても、きれいでいたい、美しくありたいって思うものですね。

ある方が、「男は女性が好きだけど、女の人はたいして男が好きじゃないんだよ。女性はきれいでいること、着飾ることの方が好きなんだよ。」と言われていたけれど、真実だな~と思います。

女の子って、それこそ幼稚園くらいから、きれいなことには敏感ですよね。

お母さんが「これ可愛いんじゃない?」と言っても、「やだ!絶対こっちの方がかわいい!」と思ったら、絶対に譲らないですよね。

もし譲ったとしても、それは親に逆らえなかったりして、不承不承に違いありません。

どんなに小さくても、女は女なんですね(笑)

 

かく言うわたしだって、本当は「きれいになりたい!」とずっと思っていました。

けれど、母親が戒律の厳しいクリスチャンだったこともあり、着飾ること、派手にすることはもちろん、お化粧すらもダメ!という環境で育てられたので、

美しく装うということを無意識のうちに封印して、そんなことには興味がないフリさえしていたんです。

だから、そういう話題に花を咲かせている人を見て、「くだらない」と斜に構えて横目で見ていたこともありました。

イヤなヤツでしょ?(笑)

でも今考えれば、それってとっても人間らしくないし、不自然極まりないこと。

女性として本能的に好きなことを好きって言えない、興味がないというフリをするわけですから。

ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんけれど、生きる意欲を削ぐに等しいことだったのかもしれません。

 

きれいになりたい、きれいでいたいっていうことを表現していいんだ!と心から自分に認めてあげられるようになったのは、実はつい最近になってからでした。

「実はわたし、ずっときれいなものが好きだったな、自分もきれいになりたいと思っても言っても良いんだな」

そう気づいたら、心がすっと軽くなるような気がしました。

そして気づいたこと。

わたしはこの施術の仕事を通して、皆さんの心と体を癒し健康になってもらいたいとずっと思っていたけれど、その反面、何かが不足しているような気がしていたんです。

それは、このことだった。

健康云々の前に、もっとシンプルに、みなさんが女性としてきれいに輝くお手伝いをしたい!

そう願っている自分に気づきました。

美しくいるということは、女性にとってきっと最高の癒しなのですよね♡

 

人それぞれに、その人にしかない美しさがある。

心も体もきちんと整えれば、必ず見た目も美しくなる。

そんな風にお一人おひとりがご自身の「きれい」を輝かせる応援ができたらうれしいし、何よりもわたし自身もっと輝けるように、研究し続けたいと思います♪

 

 

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本日、22時より30分間、遠隔氣療を行ないます。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

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赤ちゃんも動物もできるのに、なぜ大人はできないの?

2017/3/31

 

 

 

 

 

 

今日は冷たい雨が降り出しましたが、昨日の午前中は穏やかに晴れて、絶好のお散歩日和でした。

春の足音はそこここに聞こえていますね!(^∇^)

 

 

整膚もリラクセンスも、体調の改善のために役に立つものだし、それを知っていただきたいという想いはとても強くあります。

が、

もしかしたら改善そのものよりも、「気持ち良い!」と感じることの方がもっと大切なのかもしれないな、と感じることが、とてもよくあります。

いえ、むしろ、「気持ち良い!」ということと、体調が良くなるということとの間には、とても大きな相関があるのでしょう。

 

例えば子どもや赤ちゃんは、決して辛いことや痛いことを、自分から選ぶことはありませんよね?

気持ち良いと感じる動きしかしないはずですよね?

一日中遊びに遊んで疲れても、そうやって無意識に気持ち良いと感じる方向に動きながら、次の日にはすっかり元気になっていますよね!

ということは、痛みを感じる方向に無理やり動かすということが、果たして改善するために賢い方法なのかな?と、疑問が湧いてきます。

 

うちには犬のあんこと猫のうみがいますけれど、あんこもうみも、自分から辛い動きを進んですることは決してありません。

時々、背中を床にこするようにクネクネとして、緊張をとる行動をすることがありますけれど、それはそれは気持ちよさそうに、恍惚とした表情をしています。

赤ちゃんや子ども、動物などは、きっと本能的に、どうすれば体が楽になるのか分かっているのですよね。

 

きっと本来、自然の摂理は、わたしたちに辛いことを無理強いすることはないのでしょう。

そしてわたしたち人間の大人だけが、その自然の法則を忘れてしまい、なぜか無意識に辛いと思うことを選択してしまっているのかもしれません(;^_^A

一度、余計な知恵を捨てて、赤ちゃんや動物に倣う必要があるのかもしれません。

 

体の緊張を抜いて楽になりたいと思ったら、辛い修行のような方法を選ぶより、気持ち良い♪と感じるやり方を選ぶことが、理にかなっているのでしょう。

そして、そんな贅沢を自分に許してあげること、

その自分へ向ける優しさも、自分の体を楽にする鍵となるのです。

 

 

この数日のこと

2017/3/29

ずいぶん久しぶりの更新になってしまいました。

先週の土曜日から今日まで、いろんなことがあり過ぎて・・・

 

27日の月曜日は、半年ほど前から企画を進めていた、One☆Paw主催による「犬に名前をつける日」の上映会がありました。

当初伸び悩んでいたチケットの売れ行きも、10日ほど前からググッと伸びてきて、お問い合わせや購入依頼が急増して、うれしい悲鳴!

21枚の当日券も、開場時間の数分後には売り切れ!満員御礼となりました♬

 

実は、この上映会のちょうど2週間前に、隣町葉山で他団体による無料の上映会があって、計5回上映されたということもあり、完売は無理だろうと思っていたんです。

「それでも半分以上は売りたい、できれば100枚」という願いが無謀か?というくらいの状況だっただけに、完売という結果に信じられない思いでした。

これも全て、宣伝にご協力くださったたくさんの仲間たち、そしてチケットを購入してくださって会場に足を運んでくださった149名のお客さまのおかげに他なりません。

誰一人欠けてもこの素晴らしい一日はなかったと、心から感謝を感じた一日となりました。

何事も諦めてはいけないのだなと、強く心に刻みました。

 

そしてこの上映会の直線に、とても悲しいことがあったのですけれど、そのことについては、いずれかける時が来たら書こうと思います。

ただ一つだけ、、、

とてもとても悲しく苦しい中で、わたしたちはとても大切なことを教えていただけるものなのだ、

あふれるほどたくさんの愛を見つけることができるのだということ、

それを教えていただいた数日でもありました。

 

 

みな幸いであれ

2017/3/25

小池龍之介さんという方をご存知でしょうか?

東大出身という異色の僧侶で、仏教の教えを通して、どうすれば生きやすくなるのか?を、独特の語り口で紐解いてくださいます。

時々とても読みたくなるのですが、昨日、心に残った一節がありました。

それは仏典「経集」の中で慈悲について書かれているというこんな内容。

 

* * * * * * * * * *

心が乱れていて不幸なものも
心がしっかりしていて定まっていて幸福なものも
みな一様に幸いであれ

大きなものも 小さなものも
みな幸いであれ

自分が今まで見たことがある存在も
まだ目で見たことのない存在も
みな幸いであれ

近くにいる存在も 遠くにいる存在も
みな幸いであれ

すでに生まれたものも
これから生まれようとするものも
みな幸いであれ

自分の憎しんでいるものも
みな幸いであれ

* * * * * * * * * *

 

小池さんご自身が毎日、毎食前にこのような瞑想を行っていらっしゃるということなのですが、ポイントは、この中に自分自身も入れてあげるということ。

「心が乱れて不幸なもの」か「心が定まっていて幸福なもの」のどちらかに、自分を含めて「幸いあれ」と祈る。

「大きなもの」か「小さなもの」のどちらかに、自分の存在を含めて「幸いあれ」と祈る。

全ての境界を乗り越えて、自分を含めたすべての存在に慈悲の念を送る。

 

自分を許し、癒し、他人を許し、癒す。

簡単なようで、これを常とするのはとても難しいことかもしれません。

でも、ずっと目指していきたい姿です。

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

明日、日曜日の22時より30分間、遠隔氣療を行ないます。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 

ゴマ油の底力?!

2017/3/24

もうすぐ16歳半になるあんこ。

 

 

3週間ほど前にちょっと体調を崩して、一時は「今度はちょっとやばいかも・・・」と思いましたけれど、抗生剤を4日間飲んだら食欲も戻って、すっかり元気になりました♪

散歩をしていても、「あれ?なんだか前より元気になった???」と言われます。

動物の生命力って、すごい!

 

それでも年齢なりにあちこちにいろんな症状は出ていて、その一つが歯肉炎。

おそらくその影響だと思うのですけれど、この1~2年、左目の下のあたりに炎症によるかさぶたができてはポロリ、できてはポロリを繰り返しています。

でも、治療となると麻酔は必須。

高齢のあんこには負担が大きすぎるし、食べるのに不自由はしていないので、そのまま様子を見ています。

 

ところが、3週間前に体調を崩したとき、きっと免疫力が落ちていたのでしょう。

かさぶたが見る見るうちに大きくなって、普段の4倍?5倍?というくらい巨大になっていました。

「どうにかしなくちゃ!」と考えていた時にふと思いついたのが、ゴマ油。

以前、ブロ友のミカリュスさんが記事にされていたキュアリングしたゴマ油の効能
(パリ在住のミカリュスさんのブログはとてもオシャレかつ含蓄があるので、ぜひご訪問くださいね!)

それをきっかけに自分でキュアリングして使い始めたのですが、それ以来、お肌に髪にうがいにと、マルチに活躍してくれています。

もしかしたらあんこの炎症にも効果あるかも?と思い、お口の中にペトッ、傷口にペトッと毎日塗ること10日ほどでしょうか?

 

 

 

目の下の広範囲、ちょっと毛の剥げている部分全体に広がっていたかさぶた(炎症)が、見事に収まってきたんです!

これ、かなり良いのかもしれません!

もしかしたら目薬代わりにもなるかも?と、最近は右目にも使って、様子を見ています。

今のところいい感じなので、またしばらく様子を見ようと思います。

 

ちなみに、ゴマ油のキュアリング方法は、ミカリュスさんも記事の中で紹介されていた、こちらのサイトを参考にしました。 ⇒ 

わたしは肌も髪もこれ一つで済ませています。

ご興味のある方は、ぜひお試しくださいね!