整膚とリラクセンス・ボディセラピーを通して、体の手当て+心にも手当て

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もっとささやかな声にも応えたい

2018/2/23

数日前まで比較的暖かい日が続いていたのに、昨日・今日と、寒の戻りのような冷え込みですね。

それでも春の気配はそこここに・・・

 

近所のミツマタはずいぶん黄色い花が開いています。

 

 

 

大好きな白い沈丁花。

こちらは開花までにはもう少し日を待たなければいけない様子。

待ち遠しい♪

 

 

気温差が大きいのはこの時期には当たり前のこととはいえ、今年は特に変化が大きく感じます。

まずはしっかりと睡眠をとって、足元首元を温かくして、できるだけ体を動かして、元気に乗り切りましょう!

 

 

 

このところ、これまで以上に自分のキャパを広げなさい!と言われているようなことがあり、自分の内側と対話する機会が多くなっていました。

それはちょっとだけ苦しくもありますけれど、自分の未熟さを知る良い機会になったことは確かで、

もっと自分を成長させたい!という励みになったような気がします。

 

以前は現状の未熟な自分を知ることがとても怖かったけれど、知って初めて前に進むことができるのだということを理解できるようになってからは、嫌々ながらも(笑)受け止められるようになりました。

「我」を破って初めて、「自我」を確立できるものなのかな、と思います。

 

 

 

そんな風にして、少しだけですけど「我」を手放すことができると、それはセッションにも必ずや反映されるもので、

それまでよりも少しだけ、相手の方の体のささやかな声が聴こえるようになってきます。

少しずつでも小さな声に耳を傾けることができるようになってくれば、それだけ早く楽になっていただけるという結果につながります。

ほんのわずかな体の声を感じ取れたとき、それに応えることができたとき、そして体がそれまでより一段深いレベルで緩んでいるという実感を持っていただけたとき、

それは本当に嬉しい瞬間です。

 

 

でもそれはセッションの時だけ気をつけていればそれで良いかというと、それは無理な話で、

いくら相手の体の声に従おうと頭では思っていても、日ごろの自分の不要な決めつけやこだわりがあると、どうしても体が自分の決めつけた方向へと反応してしまいます汗①

だから日々の生活の中でも常に自分の我を手放していく努力を重ねていることが必要になってくるんですよね。

目に見えないとても地味な作業ではありますけれど、セラピストとして当然すべき努力だと思いますし、とてもとても大切なこと。

そしてそうやって我を手放していくことが、結果的に楽に生きることにつながるのだな~ということも実感しています。

 

 

 

最期の時まで心がいつも喜んで、体も楽に毎日を送ることができるのは、人間の共通の願いだと思います。

そのためには、要らないプライドやこだわりや決めつけは、潔く手放してしまいたいものですね。

そのために少しでもお役に立てれば、とても幸せです、

 

 

 

「いつもご機嫌な体」でいよう!

2018/2/19

もう何年も前のことですけれど、こんな言葉に出会ったことがありました。

真顔が笑顔

普通にしている顔が笑顔って素敵だな~と思い、それ以来「真顔が笑顔」を心のどこかで意識するようになりました。

その頃は今よりももっと迷いの中にいたこともあり、いつも心が晴れずにいるような、うつうつとした日を過ごすことも多かったものですけれど、

そうやって意識していると、心までが笑顔になっていくようで、これまでになく心が明るくなっていくように感じました。

 

 

けれど整膚を学び、この仕事を始め、リラクセンスを学んでいく道のりで、体への意識を深め、心と体がどれほど一体であるかを体感していくうちに、

体のどこかが解放できていないこと、胸や下腹部がギュッと詰まっているような感覚があることに気づき、どうしたらそれをすっかりほどけるか試行錯誤するようになりました。

 

 

そうして行き着いた答えは、「お腹も胸も全て開ききって、体中の皮膚をゆるめて、体全部で笑える」こと。

気持ちも体も、何の緊張も憂いもなく、自分という存在全部で笑うことができたら、どんなに気持が良いだろう!

そう思い立ってから、その感覚を想像しながら、自分丸ごとを緩めることを日常の中で続けてきました。

すると、それまでとは全く違う深いレベルから自分が楽になっていくことに気づいたんですね。

 

 

 

心や感情や気持ちで「笑えている」と思っていても、時には「体は笑えていない」ということもあるんです。

「笑えていれば良いんじゃないの?」と問われれば、それはそれで良いと答えるしかありませんけれど、、、

ただ、わたしが長年かけて自分を解きほぐしてきた過程で経験したことをお伝えできるなら、

「笑える体」であるかないかということは、自分自身をどれだけ豊かに生きることができるか?という点において、とても大きな要素になるのではないかと感じます。

決して目に見えないものではあるけれど、より自分に自信を持ち、毎日を楽しく色彩豊かなものに導いてくれています。

それほど、体がすっか緩みり楽になって「いつもご機嫌な体」でいることは、幸せには欠かせない要素だと思っています。

そして、訪れて下さる方がいつでも笑えるご機嫌な体でいられるように、わたしができることを続けていきたいと思います。

 

 

 

この記事を読んでくださっている皆さまも、ぜひ一度、「いつでも笑う準備OK!なご機嫌な体って、一体どんな感覚なんだろう?」と、ご自身で感じようと意識してみてください。

すぐにそれが体感できなくても、たとえ言葉で説明できるようなものではなくても、意識し始めた瞬間から、体は「いつもご機嫌な体」でいようと、無意識のうちに動き始めるものですから。

 

 

 

生きることは 愛すること

2018/2/17

 

 

 

 

 

 

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明日18日(日)の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

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ワンコとゆらゆら リラクセンス

2018/2/11

今日の仕事の前に、珍しくあんこが徘徊もせず、眠ってもいず、ぼんやりちょこんと座っていたので・・・

「あんこ、おいで~」と抱っこして、二人でゆらゆらと揺れていました。

 

 

 

最初は頭とお尻を順番に上下するようにゆらゆら、ゆらゆら

しばらくすると、ちょっと回転するような動きになって、そのままゆらゆら

しばらくすると、またまた方向が変わって、そのままゆらゆら

 

 

変えようとしてもいないのに、動きの方向が勝手に変わっていきます。

 

 

右後ろと左前方向に斜めにゆらゆらしたり

かと思ったら反対に、左後ろと右前方向にゆらゆらしたり

前と後ろにゆらゆらしたり

 

 

自然と起こる動きについていくように、ただ流れに任せてゆらゆら、ゆらゆら・・・

気持ちも体も、とろけてまどろんでいくような感覚。

 

 

 

そうしていること、ほんの10分ほどだったでしょうか?

気づけばあんこはすっかりと緊張がほどけて、頭も体もだらりとしています。

そしてわたしも、座った時には腰に力が入っていたのに、すっかりと緩んでいました。

 

 

 

何も考えず、ただあんこを抱いたまま、ただ気持ち良く体の動きに導かれるままにゆらゆら、ゆらゆら。

飼い主とワンコにとっては、この上ない極上のひとときです。

飼い主の皆さま、ぜひワンコと一緒にゆらゆら、ゆらゆら、幸せなひと時を過ごしてくださいね♡

 

 

 

 

being~「どんな自分でいたいか?」さえ決まれば

2018/2/10

今年の初めのブログ「新年によせて~在り方・生き方・死に方」の中で、こんなことを書きました。

 

 

* * * * * * * * * *

きっとこれからの時代は、「自分はどうありたいのか?」ということが、とても大切になってくるのかなと感じます。

どんな仕事をしているとか、どんな家族がいるのかとか、どこに住んでいるのかとかとか、、、外側の物質的なものを全てそぎ落として、何もない一人の人間として、

自分は一体どのような人間でいたいのか?
この世とお別れするときに、どのような心持でいたいのか?

そこをしっかりと見据えると、そのためには今どのような在り方でいれば良いのか?が見えてきます。

そして、そこがしっかりとしていれば、どんな問題が起こっても、最終的にどのような選択をしてどのような行動をとれば良いのかが見えてきます。

「在り方」と「生き方」と「死に方」は、全て同一線上にあります。

 

そしてその「どう在りたいか」という指針として、体の感覚を大事にすると、間違いがないのだなということも、昨年一年で実体験を通して体で理解したことでした。

* * * * * * * * * *

 

 

今年になってから、いろいろな方から、

ご自身の葛藤のこと、
抜け出そうとしてなかなか抜け出せない苦しみにいること、
近しい人と自分との間の関係性のこと、などなど、

さまざまなご相談というか、お話しをうかがうことがとても多くなっています。

 

今年の初めにわたしが感じたように、たくさんの方々が浄化の最終段階を迎えていて、だからこそ苦しみの内容が核心に迫るような深く、大きなものとなっているのだと感じます。

苦しみが大きいのはとてもつらく苦しいことだけど、だからこそ大きく脱皮するチャンスでもあるんですね。

だから絶対大丈夫!

そんなことをお伝えしています。

 

 

特に人間関係の悩みや、苦境に立った時にどんな行動をとるべきか?といったようなとき、わたしはある言葉を心に置くようにしています。

doing より being

 

この言葉を教えてくださったのはこの方

「何をやるべきか?」よりも大切なのは「どう在りたいか?」

「どう在りたいか?」が決まれば、自ずと「何をやるべきか?」が見えてくる。

この言葉を知ってから考え方の軸が変わり、選択肢に迷った時、自分がどう行動すべきか迷った時、すぐに決断できるようになりました。

 

 

 

リラクセンスでもとても大切にしている「在り方」。

その在り方さえ決まれば、自分のとるべき行動が決まってきます。

そこから周囲にどんな反応が起こるのかが決まってきます。

そして、その結果としてどんな循環が起こるのかも決まってきます。

全てのスタートは「どんな自分でありたいか?」です。

自分にとって真に心地いい「居場所」を知るために、しっかりと自分自身の心や体と対話してくださいね。

 

 

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明日11日(日)の22時より30分間、遠隔氣療を行います。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

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「嬉しい!」も「苦しい!」も 途中経過にすぎない

2018/2/7

日々のセッションを通して、お客さまの体からは本当に教わることばかりです。

自分の狭い視野の中だけで判断すると「これは良くない!」と思いこんでしまいがちな状態も、その時のその人にとってはとても必要なことだったりする場合もあります。

緊張をすべて悪者にして排除しようとしてしまうと、その緊張があるから今の状態を保てている場合などは、その体にとっては支えを無くして立てなくなってしまいそうな恐怖を覚えたりするものです。

改善への道のりの途中では、そのようなことはよく起こります。

そんな時に、わたしの狭い考え方の中で、「いや、ダメでしょう!さっさと緩めないと!」と躍起になって、相手の体の声を無視してしまうと、相手は恐怖からさらに体を硬くして、かえって緊張を強めてしまうことにもなりかねません。

では、そんな時はどうすれば良いのでしょう?

 

 

できることはただ一つ。

「待つ」

 

わたしの独りよがりな考えを一旦捨てて、相手の体にしっかりと寄り添って、今どうしたいのか?という体の想いを手で感じ取る。

そして緊張を手放せるようになるまで待つだけです。

 

 

こう言うと、待つだけで本当に緩むの?と思われると思いますけれど、、、

大切なことは、体はいつもどんな時も、自ら良くなろうとする力を持っているのだということ。

そしてわたしたちセラピストに必要なことは、そのことを100%信じ切ること。

改善への近道は体が一番よく知っていると信じ切って、積極的に待つ。

それだけです。

それだけですが、やがて体はベストのタイミングで、するりと緊張をほどき、伸びやかさを取り戻していくものなんです。

 

 

 

大切なのは、緊張していたりバランスを崩しているなど、マイナス要素に気づいたときに、それをどうとらえるのか?ということなんです。

その状態が諸悪の根源のような気持ちになって、暗くなってしまうことはよくありますけれど、(わたしもそんな風に感じてしまうことがよくあります汗

確かに今の状態はこれまで続けてきた生活の結果であることは確かですけれど、一方で、これから先の生活や人生を見たときには、単なる途中経過にすぎないのだということに気づくこともできますね。

途中経過なのだから、あまりうろたえる必要はなくて、ただ適切に対処すればいいだけのこと。

つまり、今の状態を「悪い」と見るのか「大したことじゃない」と見るのか「良い」と見るのか、

どんなラベルを貼るのかは、その人自身の選択だということですね。

 

 

そしてもう一つ、

ちょっと見方を変えてみると、今の自分の体にはその緊張やバランスが必要なのだ、とも言えるのですよね。

だから体だけでなく、そのマイナスのバランスが必要となってしまったのはなぜなんだろう?と考えることも、抜け出す手助けになるのではないでしょうか?

 

 

 

今この瞬間に起こっていることは、全て途中経過にすぎない。

嬉しいことも
楽しいことも
苦しいことも
辛いことも
悲しいことも
幸せなことも

全ては人生の途中のほんのひと時に起こっていることに過ぎません。

 

精一杯喜んで
精一杯楽しんで
精一杯苦しんで
精一杯泣いて
精一杯感謝して

自分の心と体と真正面から向き合って、その瞬間を充分に味わって、手放して、また次の瞬間を充分に味わって、手放して、、、

そんな風に自分という命を十二分に味わい尽くして生きられたら・・・!キラキラ

そんな生き方を目指す方々のお手伝いをさせていただくことが、わたしの仕事であり喜び。

そしてわたし自身もそんな生き方を目指していきたいと思います。

 

 

贖罪=しょくざい=

2018/2/5

タイトルの「贖罪(しょくざい)」

最近、何回も頭に浮かぶ言葉です。

・・・難しい言葉ですよね。

聖書に親しんでいらっしゃる方でしたら、なじみのある言葉かもしれません。

わたしは母がクリスチャンだったので、物心ついた頃にはこの言葉に触れていました。

 

=贖罪=

1. 善行を積んだり金品を出したりするなどの実際の行動によって、自分の犯した罪や過失を償うこと。罪滅ぼし。「奉仕活動によって贖罪する」

2. キリスト教用語。神の子キリストが十字架にかかって犠牲の死を遂げることによって、人類の罪を償い、救いをもたらしたという教義。キリスト教とその教義の中心。罪のあがない。

(goo辞書より)

 

 

前々回のブログ『「人生に起こる全ては自分の責任」の真意』の続きのようになってしまいますけれど、

ここ1週間くらいの間に、この言葉が思い浮かぶ場面に何回も出くわすので、どなたか必要としている方がいるかもしれないと感じ、思うことを書くことにしました。

 

 

 

わたしは物心ついたときからずっと、いわれのない罪の意識のようなものにとらわれていました。

「立派な自分にならないと受け容れてもらえない」、「みんなが認めるような素敵な人間にならないとダメ」と、脅迫的に信じていました。

 

誰に言われたわけでもないのに、なぜ?

受け容れてもらえないって、誰に?

 

前々回のブログにも書いたように、両親との関係や育った環境など、そのきっかけとなるような条件は確かにありました。

でも、最終的にその考えの中に居座って、いつまでも「誰も認めてくれない」とか「ちゃんとしないと誰かに責められる」と信じ続けたのは、他の誰でもなくわたし自身だったんですね。

自分を認めないのも、自分を責めるのも、他の誰でもない、自分自身だったんです。

たとえどんなきっかけがあったとしても、そこから抜け出そうとせずに、罪の意識を創り出し続けているのは、自分自身なんです。

そのことが理屈ではなく体で理解できたとき、両親や育った環境への恨みや怒りは全て消えました。

他人へ向いていた怒りは、実は自分自身に向けたものだと分かったんです。

ありのままの自分を認められず、素の自分を丸ごと受け容れることのできない自分自身に向けた怒りだと分かったんです。

 

 

わたしは整膚やリラクセンスを学ぶことによって、そういった目に見えない自分自身のとらわれを、体を通して感じ、知ることができました。

目に見えない葛藤の本当の原因を知り、体で感じ切ることで、問題と向き合い切るきっかけと勇気を持つことができました。

それはとても幸運なことだったと思います。

 

 

わたしが自分自身の体験を通して、今苦しんでいる方々にお伝えできることがあるとすれば、「真正面から自分と向き合う覚悟を決めたら、必ず本来の自分、素の自分と出会うことができる」ということ。

全ての答えは必ず自分自身の中にある、向き合いさえすれば必ず答えは見つかるのですから。

 

 

 

わたしたちは何も意識しなくても、呼吸し、心臓が動き、血液が流れ、内臓が機能し合い、脳が体中に指令を出し、すべての細胞が連携し合って、生きることができています。

何も意識しなくても、です。

「神さま」という存在がいるとすれば、わたしたちは神さまによって充分に生かされているのです。

どんな立派なことができなくても、どんなにみんなから尊敬される人でなくても、人として生かされているのです。

それだけで十分に価値があるのです。

 

もし今の自分そのままでは自分の価値を認められないと思われるときは、どうぞ自分の体に触れてみてください。

温かくやわらかい肌に触れて、皮膚の下で息づく命を感じてみてください。

体はただの入れ物なのではなく、ご自身の命そのものです。

どうぞ体を慈しみ、自分自身を受け容れてくださいね。

 

 

 

天使のつぶやき

2018/2/1

2月に入りましたね。

今夜から明日にかけて、また雪が降りそうな気配雪だるま

皆さまどうぞくれぐれも温かくしてお過ごしくださいね。

 

インフルエンザも流行っているようですけれど、ワクチンよりも、食事よりも、まずは十分な睡眠をとることがなによりも大切です。

自分の体力を過信せず、状況が許さないからと言い訳せず、休むべき時はきちんと休む勇気を持ちましょう!

 

 

 

さてさて・・・

 

今日から時どき、天使からのポソッと一言をお伝えしようかなと思います。

ほんのひと時、ほっこりしていただけたらうれしいです♪

 

 

 

 

 

 

 

 

「人生に起こる全ては自分の責任」の真意

2018/1/29

友人たちとやっている動物の命の啓発のボランティアグループ、One☆Paw。

その活動の一環で、先週の木曜日から昨日まで、逗子市内のギャラリーで「いのちつないだ♡ワンニャン写真コンテスト2017入賞作品展」という名の写真展を開催していました。

元保護犬や保護ネコを引き取り家族にした飼い主さんが、わが子の写真を撮って応募するコンテストが毎年開催されています。

その入賞作品だけを集めたこの写真展は今回で3回目。

とても幸せな様子のかわいい写真ばかりなので、前を通る人も気軽に立ち寄ってくださって、たくさんの方にご覧いただくことができました♪

ご来場くださった皆さま、ありがとうございました!

 

もしこの記事を読んでくださっている方々の中に、保護犬や保護ネコを家族に迎え入れていらっしゃる方がいらっしゃったら、ことしはぜひ応募してみてくださいね!

主宰のどうぶつ基金さんのホームページはこちらです。
今年の応募はまだですけれど、チェックしてみてくださいね!
そしてもし入賞されたら、ぜひお知らせくださいね♬

 

 

 

わたしが保護動物に関わるボランティアを始めるようになったのは、犬友から「一緒にやろうよ!」と誘われてのことでした。

当初は、保護犬の存在や里親制度、愛護センターなど、言葉としては知っていましたけれど、詳しいことを知ったのはこの活動を始めてからでした。

そして活動を続けていけばいくほど、人間が真に幸せでないから、弱者である動物の命を粗末に扱う、命を命とも思わないような行動をするのだということが、ひしひしと実感されるようになりました。

 

 

この世にある問題のほとんど全ては、ありのままの自分を認め受け容れることができない人間があまりにも多いことに起因しているとわたしは思っています。

それは、その人の育ってきた環境によるものも大きいし、物心つく前から刷りこまれた、両親や周囲の大人の影響によるものも色濃く反映されてしまっていることは確かなので、ある意味その人も被害者ではあるのですけれど・・・

ただ、最終的には自分の人生は自分で責任を取るしかなくって、元々の原因が親や環境や、その他いろんなことにあるとは言っても、どこかで一旦 腹をくくって、自分の責任として引き受けなきゃどうにもならないんですよね。

だって、他の人にはどうしてあげることもできないから。

 

 

わたしもずっと、自分の生きづらさの原因を親や環境など、自分以外のもののせいにしていたけれど、結局それでは何も解決しなくて、苦しんで苦しんで苦しんだ末に、「すべては自分の責任」というところにやっとたどり着き、腑に落とすことができました。

「すべては自分の責任」というと、責められているような気持ちになったりして、「わたしが悪いっていうの?」と思ってしまうかもしれませんけれど、(事実わたしは最初はそう感じました)

自分を責めることでも追い込んだりすることでもなくて、「自分が責任を負っている自分の人生なのだから、自分でどうにかすることができる」ということなんですよね。

人のせいにしているうちは、心のどこかで自分の人生ではないと思っているから「自分の力でどうにかするという!」という覚悟はできないし、誰かがどうにかしてくれるだろうと考えるもの。

人間って、人生ってそういうものなんだということも、やっと分かるようになりました。

 

 

 

考えてみると仕事でもボランティアでも、わたしはそこでご縁をいただいた方(や動物)に100%自分らしい人生を生きてほしい、そのためにわたしにできることをさせていただくことが、使命のようなものなのかな。

そしてそのために必要な経験をこれまでしてきたのだろうし、これからもしていくんだろうと思います。

そしてそれは、きっと誰でも同じはず。

今世で自分がやろうと決めたことを成し遂げるため、それに必要な親を選び、時代と環境を選んできた。

だから、どんなに苦しいと思うようなことでも、必ず超えられるはずだし、間違っていたと思えば、いつでもそこからやり直せるはずなんですよね。

 

だからと言って、もちろんいつでも一人でがんばる必要はなくて、一人ではどうにも苦しい時は、ちょっと勇気を出して声に出してみれば、必ず助けの手も用意されているはず。

そしてそれに気づくためには、ほんのちょっとだけ視野を広げることが必要なんですね。

 

 

 

大切なのは、一人ひとりがありのままの自分を受け容れて、そのありのままの自分を少しずつ成長させるだけ。

弱い自分
ちょっとずるい自分
怒りっぽい自分
計算高い自分
マイナス思考の自分 etc

そんな弱点だらけの自分が、紛れもない今の自分なんだと「認め」、過大評価することなく、過小評価することもなく、ただ「受け容れる」だけ。

そこには他人との比較もいらないし、他人の評価も必要ない。

そして自分が他人を評価することも必要ない。

自分対自分

そしてその自分を、日々少しずつ成長させていくことだけに集中する。

本当はそれだけで十分なのだと思います。

 

 

 

ありのままの自分を認め受け容れることができれば、他人をもありのままに認め受け容れることができるもの。

そんな人は自分にも他人にも、そして小さな命にも優しくなれないはずがない。

仕事やボランティアを通して想い描くゴールは、そんな素敵な世の中の実現であり、そこにわずかばかりでも貢献できること、、、かなぁ。

 

 

 

寒い→動かない→余計に寒い&脂肪がたまる(T_T)の悪循環を断ち切ろう!

2018/1/26

べらぼうに寒い日が続いていますね!雪

逗子のあたりは神奈川県でも比較的暖かい土地で、横浜辺りと比べても一段温い感じがするものなのですが・・・

この数日に限って言えば、昼間でもキーンと凍り付くような寒い日が続いています。

インフルエンザも流行るわけですね~汗①

 

 

 

こう寒いと、どうしても体が縮こまってしまい、体の動かし方も小さくなってしまいますよね。

体の動きが小さいと、それだけ筋肉も動かさなくなるので、結果的に血流が悪くなってしまいます。

そうすると余計に体が冷えるという悪循環に・・・汗②

 

 

でもね、

体を大きく動かした方が良いと分かっていても、ただでさえ寒さで緊張してゴワゴワ、ゴチゴチになっている筋肉を無理やり動かそうとしても、なかなかうまくいきませんよね汗②汗②汗②

わたし自身も、特に朝起きたときなどは体がギュッとしていて、なかなか動かせなかったりしますから、よく分かります(・・。)ゞ

 

でもそんなとき、リラクセンスで学んだ考え方、体への意識の持ち方は、とても役に立つな~と気づきました。

 

 

皆さんは、「腕はどこからどこ?」と聞かれたら、何と応えますか?

「・・・・・・・・・・」

そうですよね~、ほとんどの方がそう答えますよね!

って、何て答えられたんでしょう?(笑)

 

恐らくですが、「肩関節のこの部分から指先まで」と、肩のあたりを指し示して答えるのではないでしょうか?

「えっ?違うの?」という声が聞こえそうですね。

見た目は確かにその通りですよね。

 

 

でも、骨格上は全く違います。

学生時代に骨格標本をご覧になったこと、ありますよね?

細かい部分までは覚えていらっしゃらないかもしれませんけれど、もし偶然手元に標本があるという方(いるのか?)、または人体解剖図のような本をお持ちの方は、ぜひ確認してみてください。

骨格上は、いわゆる腕の延長線で体幹部とつながっているのは、鎖骨の端っこだけなんです。

胸椎という、左右の肋骨の間、体の前面の中心にある骨の上端と、鎖骨のは端をつなぐ胸鎖関節という関節があるのですけれど(触れて分かりやすい関節です)、

鎖骨~肩甲骨~いわゆる腕の中で、体幹部とつながっているのは、その胸鎖関節の部分だけしかありません。

つまり、そこ以外の鎖骨も肩甲骨も肩関節も、骨格上は全部”浮いて”いる状態。

つまり、鎖骨も肩甲骨も肩も、全て”腕”なんですね!

そう、普段わたしたちが認識しているよりも、実は腕ってもっと長いんです。

そして、(筋肉や腱で引っ張られてはいますけれど)思っているより、はるかに伸びやかに自由に動くはずなんですね!

 

 

 

では実際に、「鎖骨から先は全部腕」、「肩甲骨も”浮いている”んだ」と意識して、腕を長く使って動かしてみてください。

恐らく今までとは違う、軽い感覚で大きく動かせると思います。

あ、普段から肩甲骨を意識していない方は、肩甲骨そのものを動かすことは難しいと思うので、そんな方は”肩関節も浮いている”と意識して、鎖骨から腕を動かしてみてください。

フワッと軽く動くと思います。

ポイントは、筋肉を動かそうとするのではなく、腕全体が”浮いている”と、骨を意識しながら動かすんです。

すると、筋肉の余分な緊張がなくなるので、柔らかく楽に、大きく動かせるはずです。

 

 

ではここで話を元に戻しますね。

 

寒い日でもこんな風に、”鎖骨から先、全部が腕”、”肩甲骨は浮いているもの”、あるいは”肩関節は浮いているもの”という意識を持って動かすと、無理なく自然に大きく動かすことができるはず。

筋肉を意識しないので、たとえ寒さで縮んでしまっていても、楽に大きく動かすことができるはずです。

大きく動かすことができると、結果的に筋肉も大きく動かすので運動量も上がり、血流も良くなって体が温まります。

特に肩甲骨周辺の背中の筋肉は大きいので、その部分を効果的に動かせると、体を温める効果も大!ですから。

 

 

 

こんな風にして、本来の骨格通りに体使ってあげると、楽なばかりでなく、健康にも効果的、姿勢も良くなる、

そして代謝が上がるので、脂肪を蓄えてしまいがちなこの時季でも、密かに代謝アップ!スッキリ痩身!!できるという、たくさんのメリットがあるんです。

この寒い時期にこそ、ぜひ本来の体の動かし方を身につけちゃいましょうね!

 

 

 

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毎週日曜日に行っている遠隔氣菱ですが、今回は都合により明日、土曜日に行います。
時間はいつも通り、22時より30分間です。
ご希望くださる方はこちらをお読みいただいた上で、コメント欄にてお知らせください。

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